トップページ ≫ 教育クリエイター 秋田洋和論集 ≫ 埼玉の公立高校が進む「予備校化路線」の背景
教育クリエイター 秋田洋和論集
去る1月24日に,埼玉県教育委員会が「難関大学入試直前記述模試」なる手作りの模試を実施して,国立大2次試験などを控えた県立高校の3年生約500人が挑んだそうです。
これは,県立高校の教諭(英語・国語・数学・物理・日本史の各教科約5名ずつ,合計25人)と,実際に入学試験問題を作成している大学教授や予備校の講師などを交えて,東京大や早稲田、慶應といった難関大レベルの試験問題を想定して作成したものです。教諭の教科指導力向上と、県立高校生の合格実績アップを狙った全国初の取り組みで,希望者は無料で参加しています。
埼玉県立総合教育センターのHPには,「今年度,大学入学試験を想定した問題の作成をとおして 教員の教科指導力の向上を図ってきました」との表記があり,1年間やってきた成果を評価する意味合いもあるようです。報道によれば,県教委のコメントとして「公教育では難関大進学に特化した対応がタブー視されがちだが,保護者や生徒に対策を望む声が多く実施を決めた」とあります。ここでは,是非は別として,埼玉の公立高校が「予備校化路線」にシフトしている背景を紹介していきたいと思います。
最近,私が見聞する限りにおいて,公立高校受験生の動向に一つの流れがあります。それは「浦和高校ではなく大宮高校を希望する」生徒が増加していることです。特に両校の説明会に参加した親子の場合,「保護者が大宮高校を希望する」ケースが多くなっているような気がします(もちろん大宮だけでなく,春日部や川越という場合もありますが)。
浦和高校といえば,埼玉県内はもちろん全国的にもトップレベルの進学校として知られていますが,その実態は知名度に比例しているのでしょうか。ある大手予備校が学校別にまとめている「2008年の大学入試センター試験の現役受験生得点状況(900点満点)」の結果によると,実は
・埼玉県内1位 県立大宮高校 平均点687.7点 全国85位
・埼玉県内2位 県立浦和高校 平均点686.4点 全国89位
という結果になっているのです。ちなみに,一般的に進学校の実力を測る目安として使われる「東大合格者数」で見ると,2008年度は『浦和高校33名,大宮高校6名(ともに現浪込み)』と大差がついています。このデータを見て皆さんは「浦高何やってるんだ」と思うか「大宮高校すごいね」と感じるか,どちらでしょうか。
ここからは厳しい話になっていきます。いくらこの2校が埼玉県内で争っていても,この平均点は千葉や前橋、高崎、宇都宮といった近隣の県立トップ校に水をあけられていることは事実です。特に県立千葉高校の場合,浦和・大宮両高校より平均点が高い位置にいながら,すでに大きな危機感を抱いており,県立トップ高でありながら中高一貫校化する大改革に着手し,08年に「県立千葉中学校」を開校した経緯があります。 千葉高校の改革の背景として考えられるものは「進学実績の停滞」です。千葉高校は20年前の88年には62人の東大合格者を出していたものの,その後私立渋谷教育学園幕張高の追い上げにあい,02年に東大合格者数で初めて抜かれてしまったのです(08年の結果:渋谷幕張35人,千葉19人)。
こうしたことから考えると,最も厳しい言い方をすれば,埼玉の公立高校は「その座を脅かす私立高校」が存在しなかったことにあぐらをかいて,自己研鑽を怠ってきたのではないかという仮説を立てることができるのです。
報道からはさらに厳しいデータを拾うこともできます。埼玉、群馬、栃木県の07年3月の高校卒業生が在学中に受けた大手教育機関の英語模試では、1年生の7月の時点では「3県とも平均点偏差値50.3」と横一線だったにも関わらず,3年生の7月時点では「栃木県:偏差値51.1」「群馬県:偏差値49.9」「埼玉県:偏差値47.7」 と差がついてしまったそうです。つまり,「埼玉の高校は生徒を伸ばしていない」と言われているのに等しい結果が出てしまっているのです。このようなデータを丁寧に拾っていけば,残念ながら仮説を一笑に付すわけにはいかなくなってきます。
こうした厳しい実態が明らかになれば,県教委も対策を講じないわけにはいきません。2007年度には,大宮・熊谷・熊谷女子の3校で,予備校講師による教師対象のセミナーが実験的に実施されました。大宮高校などでは,受験指導や受験動向に対応するための教員向けセミナーであれば,これまでにも夏期休暇などを利用して行われてきたそうです。しかし従来の内容では不充分ということで「予備校の受験テクニックやノウハウを研究する」ことも目的とした,より即効性のあるセミナーとなったようです。さらに,県立高校の校長らを集めて「進学指導体制強化」をテーマとした研修会も実施されたそうです。浦和高校も独自の研修を開始したとの声も耳にします。塾講師の視点で見ると「ようやく始まったか」という印象を持ちますが,学校側が危機感を持っていることは伝わってきます。
中学生が高校受験する際の学校選びのポイントに,「進学指導が充実していること」が挙がっていることは事実です。特に近年,保護者は学校に対して,予備校的な面倒見のよさ(情報提供や進学指導)を期待する傾向があります。中学受験あるいは高校受験において,進学塾の指導や情報提供をベースにした学習に慣れきってしまっているため,大学受験においても同様のサービス(?)を求める傾向が強まっているのです。一昔前であれば「大学受験は自学自習,高校は勉強する場所を提供するだけで何も言わない」がスタンダードでした。ところが現在は,公立・私立問わずこの流れを維持している学校はいわゆる「難関校」だけになってしまい,こうした学校を「受験の時に何もやってくれないらしいわよ」と敬遠するケースも珍しくないのです。埼玉県内においても,公立・私立高校を問わず,大学合格実績の伸張を図りたい学校であればあるほど,入学案内などには「しっかり勉強させます」といった意味合いのキャッチフレーズが並んでいます。そして現在,埼玉の公立高校において,説明会などでこの種のメッセージを上手に発信できている学校の一番手が大宮高校だと,私は思うのです。
高校を「大学受験」というフィルターをかけて見ると,「実績」はもちろんのこと,「自学自習」「面倒見」「管理教育」など,入学時の偏差値だけでは把握できない側面をチェックすることができます。学校選びでは,お子様の特長や性格と照らし合わせて,どのタイプの高校と相性がよいのかについても事前に検討しておくことをお勧めします。
(秋田洋和)
~秋田洋和~
清和大学法学研究所客員研究員。
私立中学や学習塾への教育コンサルタントとしても活躍。
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