トップページ ≫ 教育クリエイター 秋田洋和論集 ≫ ゆとり路線にNO! 学習指導要領改訂へ(下)
教育クリエイター 秋田洋和論集
現行の学習指導要領では、その理念として「生きる力」をはぐくむことが挙げられています。「生きる力」とは『いかに社会が変化しようと、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力』のことで、この理念は新しい学習指導要領に引き継がれます。この理念の導入こそが学力低下の原因であるかのような報道も少なくないのですが、前回も紹介した論理的思考力・表現力・発想力といった「21世紀型の学力」養成につながるこの理念自体は、決して否定されるべきものではありません。ここでは「生きる力」をとりまく背景や危機感を考えながら、「21世紀型の学力」を身につける習慣について考えていきたいと思います。
例えば「読解力」で考えてみましょう。私が子どもの頃の国語の授業は、教科書の文章を何時間もかけてじっくり読んでいく精読型でした。その中で「主人公の気持ち」をとらえたり、「文章中の『それ』が何を指すのか」を考えたりすることが勉強の中心だったと記憶しています。このスタイルでは設問に対する模範解答が決まっていて(パターン化されていて)、頭の回転が速い子だと「あぁ、出題者はこのように答えてほしいのだな」と察することが可能です。わかりやすく言えば、「自分の考えをまとめて表現する」ことより「作者・出題者の意図を把握する」ことを目的とした授業が行われてきたということです。このスタイルは、文学的鑑賞という視点でいえば何も問題はありませんが、「生きる力」あるいは「21世紀型の学力」養成に適しているかといえば、必ずしも二重丸をつけられるものではないということは容易に想像できるのではないでしょうか。
この「21世紀型の学力」を測る1つの指標として、「OECDによる国際的な生徒の学力到達度調査(PISA)」があります。日本は第1回の調査から参加していますが、回を重ねることに順位を落としており、学力低下の象徴・根拠として大きく報道されました。この調査で測られる「PISA型の読解力」とは、文章の読み込みだけではなく図・表・写真といった資料から自分で情報を読み取り、自分の考えをまとめて書く力のことを指し、「生きる力」の目指すものに近いと考えられています。
このPISA型の読解力を「21世紀の学力」と呼ぶのであれば、少なくとも従来の勉強スタイルだけでは、学力を定着させることは難しいと言わざるを得ません。国はこの学力を必要と考えたからこそ、指導要領を改訂してでも授業スタイルを変えていこうとしたわけです。
ところが現場の先生方の多くは、御自身が「21世紀型の学力」を伸ばす授業を受けてきていないため、「どうすれば子どもたちを伸ばすことができるのか」という方針が見えず、まさに手探り状態で授業を進めておられたのではないでしょうか。こうした授業の積み重ねが現場(教室)の混乱を招き、保護者が「学校は、先生はいったい何をやっているんだ」と不信感を募らせていった背景にあるではないかと考えられるのです。
では、普段からどのようなことに気をつければ「21世紀型の学力」が身につくのでしょうか。私は、保護者であれ先生であれ、子どもに接する大人たちこそが「多面的に物事を見る習慣」を意識し、子どもたちに対してその習慣を身につけることの大切さを伝えていくことを繰り返すしかないと考えています。
具体的な例を挙げましょう。近年、大学生を指導する先生方で「提出されるレポートの質の低下」を嘆く人が多くなっているそうです。かつては図書館にこもって文献を探すところから始めていたものが、今ではインターネットを使って検索すれば大抵の情報が得られるからです。先生方が嘆く一番の問題は、検索する行為ではなく「検索結果をそのまま貼り付ける」ことなのです。ネット上で拾える情報のすべてが正しいとは限らないのに「真偽の検証もしない」、レポートである以上自分の意見や考えを加味すべきなのに「情報の加工もしない」、こうした薄っぺらな内容のレポートを平気で提出する学生が急激に増えているそうです。
この話を聞く限り、こうした大学生たちに「21世紀型の学力」が身についていると思えますか?勝手な推測ですが、これは特定の大学の話ではなく日本のほとんどの大学で起こっているであろう杞憂すべき問題だと、私は思います。
こうした危機感の広がりを示す一つの根拠として、中学入試はもちろん高校入試や大学入試、そして入社試験においても、算数・数学の分野において「パズルのような問題」の出題例が急激に増えていることが挙げられます。「公式を覚えて、数値をあてはめて答えを出す」画一的な能力ではなく、「一方からだけでなく色々な角度から、自分自身で調べ見て考える」能力、つまり前述の「多面的に物事を見る習慣」を試そうとする傾向の流行は、学校や企業が「レポートの質」と同様の危機感を抱いているからに他ならないのです。
今年の東京大学の入試問題(数学)でもっとも受験生を困らせたと評判の問題は、
正八面体のひとつの面を下にして水平な台の上に置く。この八面体を真上から見た図(平面図)を描け
というものでした。計算も論証もいらない、ただ図を描く問題です。これが数学の入試問題として出題されたことに驚きを感じませんか?私は、この問題こそ「21世紀型の学力」を身につけるために必要な習慣のヒントを提示しているものであると考えています。皆さんも、どのような能力が問われているのかを考えてみてください。
(秋田洋和)
~秋田洋和~
清和大学法学研究所客員研究員。
私立中学や学習塾への教育コンサルタントとしても活躍。
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