トップページ ≫ 教育クリエイター 秋田洋和論集 ≫ さいたま市は「ドテラ」をやるべきか(2)
教育クリエイター 秋田洋和論集
さいたま市の清水市長が公約に掲げた「ドテラの実施」について,私も妻を通して小中学生をお持ちの保護者の方にリサーチをしてみました。すると「どちらかといえば反対」の声が多く,特に緊急性をやを感じないから,あるいは効果が見えないからという理由が多いようでした。
私自身は2つの理由から,「ドテラは実施するべきである」という考えです。今回は2つの理由のうちの1つ目について述べてみたいと思います。
○指導要領が改訂になっても基礎学力の低下は変わらない?
2002年度から始まった現行の指導要領が事実上の「失敗」という評価を受けたことにより,新しく始まる指導要領では,長い間減少を続けてきた小中学生の授業時間数を増加させるなどして,何とか学力低下の傾向に歯止めをかけたいという意図が見てとれます。
指導要領と授業時間数の変遷についてまとめてみました。
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小学6年間の 総授業時間 |
うち算国理社 |
|
中学3年間の 総授業時間 |
1971~ |
5821コマ |
3941コマ |
|
3535コマ |
1980~ |
5785コマ |
3659コマ |
|
3150コマ |
1992~ |
5785コマ |
3659コマ |
|
3150コマ |
2002~ |
5367コマ |
3148コマ |
|
2940コマ |
これから始まる 新学習指導要領 |
5645コマ |
(注) |
|
3045コマ |
(注)小学生・・・総増加時間278コマ(5367コマ→5645コマ)のうち,国語だけで6学年合わせて84コマ(69コマが小1・小2),算数は6学年あわせて142コマ増加する。
(1)「1971~ の指導要領」と子どもをとりまく環境
・算数に「集合」が登場し,指導できない教員(自分自身が習っていない)がいたとされる。
・教育「7・5・3(高校で7割,中学で5割,小学で3割が落ちこぼれる)」問題が初めて話題になったといわれる。
・算数には「鶴亀算」「旅人算」などが存在していたため,当時の中学受験では学校の勉強をしっかり理解できていれば「塾に行かなくても対応できた」子どもも多かった。
(2)「1980~ の指導要領」と子どもをとりまく環境
・学習内容を少し減らした「ゆとり教育」がスタートしたのは,実はここから。
・公立の「学習内容削減」に対して,私学は削減しないところが多かった→私立と公立の学力差がつきはじめた→私学人気のスタート,公立有名校の大学合格実績の悪化。
・いわゆる「進学塾」が世に出始めたのがこの頃。通塾率の上昇。
☆共通一次試験(1979~)の定着により,大学の序列化と受験の情報化が進む。
(3)「1992~ の指導要領」と子どもをとりまく環境
・個性尊重の「新学力観」カリキュラムのスタート。
・小学生低学年で,理科と社会を合わせた生活科のスタート。
・本格的な私学人気と公立離れが始まる。公立高校の大学合格実績低下。
☆大学入試センター試験に私立大学が本格参入開始。生徒確保のため試験科目を減らす大学,推薦入試など筆記試験以外の要素で入学判定を行う大学が増える→大学の大衆化,「勉強しなくても大学に行ける」時代の到来。
(4)「2002~ の指導要領」と子どもをとりまく環境
・自ら学び自ら考える「生きる力」の育成を目指す。
・学習内容の3割削減,完全週5日制のスタート→「落ちこぼれ」問題から「学力低下」問題へ。深刻な学力低下→学習意欲の低下,学習習慣の崩壊が叫ばれる。
・通知表の評価が「相対評価」から「絶対評価」へ→「全体の中での自分の位置」の評価から「自分自身の頑張り」が評価される時代へ。
☆授業時間数の削減だけでなく,「ミニマム・スタンダード」への転換
→従来の指導要領では「これ以上は教えるな」という上限を示していた。しかし,「最低これだけは教えるべし」と方向転換したことで,もしも教員が変化に対応できていなければ(これ以上教えてはいけないという感覚から脱しきれていない),1年間「最低ライン」の指導に終始してしまうケースも考えられた。
(5)これから始まる新学習指導要領
・「生きる力」の育成は継続,PISA型学力の育成を目指す。
・小5,小6で英語を必修化となる。
☆「知識重視」「詰め込み」といった古い教育に戻すことは目的とされていない。
(4)で示した通り,2002年度から始まった指導要領では,学習内容の3割削減が行われたものの,土曜日が休日になったこともあり,実際には「学習のゆとりはかえって減った」という意見が多いことも事実です。学習内容は減っているけれど,それ以上に授業時間数の減少(「総合的学習の時間」など,新しい授業にも時間数をとられている)ため,授業中に「基本事項の定着」をさせる時間をとれなくなってしまったのです。
掛け算の九九を例にとると,昔であれば「定着させるための授業時間」を確保することができました。自分の記憶では,授業中に2人1組になって九九の問題を出し合い,最後は1人ずつ先生の前でテストを受けて「合格!」という言葉をもらっていたものです。今は,その時間をとれないために「練習は家でやってきてくださいね」となってしまいます。
これと同じことが音読練習や漢字練習でもおこっています。家庭でしっかり子どもの勉強を管理できるのであれば問題ありませんが,母親がフルタイムで働くことも珍しくないこの時代,ライフスタイルの多様化に伴い「子どもの勉強につきあってあげられない」家庭の割合が昔と比べて急激に増加しているであろうことは,容易に想像できることです。
このことは,小学低学年のうちから「学力の2極化」が始まっていることを意味します。「読む・書く・計算する」といった基礎学力の定着が不充分なまま授業は先に進んでいきますから,早々に「授業についていけなくなった子」は低学年のうちから勉強に対するモチベーションを持つことがほとんどないのが現実なのです。
○だから「ドテラ」は必要だ
これから始まる指導要領で注意するべきことは,「授業時間の増加」と「削減された学習内容の復活」のバランスを考えたときに,必ずしも「負担減」とはならないことです。例えば算数でいえば,1学年あたり20コマ程度の授業時間が増えたとしても,復活する学習内容のボリュームをイメージできる人であれば「これは大変なことになる」と考えるのが普通だと思います。教育関係者の中には「70年代のような落ちこぼれ問題が再燃する,あるいはそれ以上の大問題になる」と警鐘を鳴らす人もいるのです。
詳しくは改めて述べますが,現行のシステム(1クラスあたりの生徒数,教員1人あたりの生徒数)を根本的に変えることができない限り,これからの子どもたちは学習面で「どんどん振り落とされていく」状態になることでしょう。これを防ぐにはどうすればいいのか。「家庭で勉強をみてあげられない」家庭の比率は,さいたま市の場合決して少なくないと思います。そうなれば現実的には「塾に行かせる」しかないのでしょうか。
「塾に行かせる」以外の選択肢として,特に塾に行けない子どもたちのことを考えれば,子どもたちの「駆け込み寺」としてドテラを用意してあげることは,今後必ず必要になってくるのではないでしょうか。(続く)
~秋田洋和~
清和大学法学研究所客員研究員。
私立中学や学習塾への教育コンサルタントとしても活躍。
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