トップページ ≫ 文芸広場 ≫ 県政の深海魚(11)「県議会のボス・後編」
文芸広場
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県庁周辺には赴きのある路地があちこちに拡がっている。
木蓮の花も半分は散りかけていたが、そのぶん何とも言えぬ香りが路地という路地に充ちていた。
百花も絢爛の時を終えようとして晩春の色が濃くなっている。
何の前ぶれもなく牧田が知事秘書課長の隅田を訪ねた。
「いるかい?」
牧田は意味ありげにスマートな親指を立てた。
「これは、牧田先生。いつも先生にはひとかたならぬご厚情を頂き、知事はじめ私共も心から感謝を致しております」
隅田は如才なかった。頭の回転も速く、人の心を読み取る才に長けていた。
「只今来客中ですが、私がメモを知事に渡します。先生がいらっしゃっているので、まず第一にこちらを優先するようにと」
牧田は満足げに頷き、新茶の香りを意味ありげに嗅ぎながら知事秘書課のお茶をすすった。
「やあやあ、牧田先生、どうぞどうぞ。こりゃまた突然、今日は何の御用事ですか?」
柔和な微笑みを必要以上にこぼしながら鏡知事が握手を求めた。
鏡の掌から牧田の掌へと強い電流を送った。
「次の知事選うまく頼みますぞ」
牧田も充分心得ていた。
牧田は握手をといてどっしりと腰を沈めた。長い足を組んでタバコに火をつけた。一服吸って、長い時間をかけて煙を吐いた。
煙は晩春の庭先に逃げていく。その煙の先を見やりながら、牧田はゆっくりとした口調で話し始めた。
「知事さん、我々はあくまであなたの野党だ。これは分かっていますね。しかし、私はいつでも最後にはあなたを支えてきましたね」
念を押すように牧田は知事の顔を見つめ直した。
「ああ、そりゃもう大助かりですよ。先生には頭があがりませんよ、全く」
鏡は深々と頭を下げた。
牧田は続けた。
「まあ、知事さんもすでにご承知の通り、今度は我が保守党も知事の対抗馬を立てざるを得ません。何しろ四選目ですからね。正直、私はあんまり次の選挙は乗り気ではありません。表向きは戦わざるを得ませんが、私の配下にはうまく、消極的にやった方がいいぞというように仕向けておきます。車や人足、いくらでも、その他何でも、私の個人的援助はさせてもらいます」
牧田の目は遠くを見やっている。
(次の選挙は鏡に勝ってもらう。その次鏡は降りるだろう。その時は俺が全てお膳立てをして、俺の言う通りの知事を作ることだ。とにかくこの四年間は自分の事業も県下に響きわたらせなきゃな・・・)
今日まで牧田の事業はS県の強力なバックアップを受けながら急成長して来た。
そしてその度に潤沢な資金で牧田の政治的立場を高めてきた。その勢いは完全に他を圧していた。
鏡の四期目の知事選の対抗馬はボスの岩木を中心に、国会議員の下田、馬渕、谷山の四人で隠密裏に進められ、その候補の名が牧田に伝わるまでは多少の時間が掛かっていた。
そのことも、牧田には不満だった。しかも、保守党の候補者として副知事の松浦がすでに本人の内諾も得ていたことだった。
鏡知事の女房役の松浦三郎。能吏を絵で描いたような男だ。県庁内の部下の信望も抜群だった。松浦に私淑している部下は数知れないほどだ。
岩木達は本気で松浦を推した。
県連幹部は岩木達の意向を聞いて戸惑いを隠せない。
「何で女房役の松浦を・・・?松浦も松浦だな・・・」
そんな声が多数だった。
しかし、岩木達は強引だった。そして言った。
「金は俺達が集める。今回、対抗馬を立てなかったら、保守党は腑抜け政党だと県民から顰蹙を買うだけだ」
保守党県議団会議では牧田が言い放った。明らかに芝居だ。
「先生方、この際は曲げて副知事を応援して下さい。色々ご不満の点もあろうかと存じますが、どうか一つ、我が保守党のために団結して、新しい知事を誕生させて下さい」
県議の数人から
「おかしいな。今更、副知事を知事なんて、これじゃ、主君を裏切った明智光秀と同じじゃないか」
「そうだ!納得できない!」
ヤジが飛び交った。
千曲は眼光鋭く県議達を見つめていた。
(このうち、本気で副知事を応援するのは何人だ?半分もいねえな・・・。しかし今の俺は、松浦擁立を牧田より早く告げられている。即賛成した。だから今更退くことはできやしねえ。こうなったら、政権政党、保守党という錦の旗を俺が担ぐ。そして千曲が一番、保守党筋金入りの政治家だということをアピールするしかねえ。一生懸命汗をかいて、保守党内での俺の地位を確実なものにすることだ・・・)
(つづく)
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