トップページ ≫ 文芸広場 ≫ 県政の深海魚(12)「本流 千曲」
文芸広場
俳句・詩・小説・エッセイ等あなたの想いや作品をお寄せください。
千曲徹は本流ということにこだわって生きてきた。
家が豊かでなかっただけに、ひたすら、上を狙ってきた。成績も良く、子供の頃からリーダーとしてガキ仲間を引っ張ってきた。
悪戯も人一倍だった。悪知恵のようなものがよくはたらいた。悪戯をしても最後は謝罪も含めて千曲がまとめた。
そんな訳で教師からも受けは良かった。
悪戯を仕掛けておいて、千曲の言うとおり一生懸命先頭に立って働いた者にはいつも褒美を与えた。
「よくやったな、おめえ。おめえはたいしたもんだ。今度、おめえをいじめる奴がいたらみんな俺が方を付けてやっからな」
事実、千曲はもめ事をよく解決した。
勉強の出来ない子分にはそれなりに教えてやって、尊敬の念を抱かせた。
一方で千曲は、自分を妨げる者に対しては容赦がなかった。子供ながら、あらゆる手を使って敵をやっつけた。
「いつかは金持ちになってやる!」
千曲の執念だった。高校も夜間。
(どうして俺は人並みに昼間の高校に通えねえんだ。成績も充分、地元の進学校に行けるのに・・・いつか見てろよ)
千曲はある種、一念を持って、少年の日から青春の日を地を這うように歩み続けた。
地べたから天を目指し続けた。 下流から上流へ・・・。
千曲のエンジンは火を噴きながら燃え続けた。
兄弟達にも言い続けた。
「いいか、今は貧しくたって、兄弟三人、しっかり手を繋ぐんだ。そして寝ねえで働くんだ。人の二倍、三倍汗かいてりゃそのうち御天等様が分かってくれるんだ。わかったなぁ!」
事実、千曲の努力や働きぶりは近所の評判となった。初めて就職した飼料の会社での営業成績は群を抜いた。
愛想が良かった。その上、知恵と度胸があったから顧客が喜んだ。
「千曲の徹ちゃんは凄い奴だ。頭もいいし、今に大物になるべえ」
ある時、会社のオーナーから呼び出しを受けた。
「ちょっとな、千曲。おまえ、市議会議員に出でみろ。おまえなら政治の道でも一流になれる。会社こぞって応援してやる。金も票も全て面倒みてやる。俺に任せておけ」
(この日が来た!)
千曲は踊るようにして家路を急いだ。
「母ちゃん、おらぁ、議員に出る。そして世の中を見返してやるぜ」
二十五歳だった。
(もしこの徹が当選したら千曲家の大きな名誉になる。ご先祖様も今まで冷や飯を食わされてきた恨みをはらすことができる・・・)
母の千代は五十になったかならぬ年だったが、シワだらけの顔を涙でぬぐった。
兄弟も奮い立った。
「あんちゃん、やってやるべえ!」
知恵者の千曲は、独特の選挙をやった。
〝千曲〟と書いたうちわのような煎餅を配れるだけ配った。
演説も人の心を打った。そしてくすぐった。というより、そんな特殊な天与の才を持っていたという方が適している。
「この二十五歳の若者をいつかS県を治める大物にしてやろう!」
多くの市民がこの若者を市政へ押し上げようと燃えたぎった。
結果、千曲は全国最年少議員としての初陣を飾った。
そして三期、三十代で議長。
財と才が、政治力を加速させた。
千曲はS市を掌中に納めている。誰しもが認める実力者となってK市を席巻した。
恫喝する力と機嫌をとる力が奇妙なバランスを保ちながら千曲の体を満たしていた。
K市の市長も職員も千曲には歯が立たなかった。
怒鳴られた幹部職員には必ずといっていい程、次の日、かなりの品が自宅に送られてきた。
「本当は良い人なのよ」
幹部職員の妻達は胸を撫で下ろした。
千曲徹。人心掌握の名手としてその名を轟かしていった。
千曲の家にもやっと春が来た。
もともと頭の良い父親の浩吉の事業も波に乗った。
ビルも建てた。
「どうだい、父ちゃん。俺達が本流だんべ。この本流にもっと勢いをつけなきゃな」
浩吉は有能なせがれを満足げに見つめながら言った。
「徹。おめえ、上がるだけ上がれ。凧じゃねえけど、天まで上がるんだ。おめえにはそういう力がある。千曲の先祖だって、さかのぼりゃかなりの家だったんだ。徹、おまえが必ず千曲家を再興するんだ。そして世の中を見返してやるんだ」
「わかった。とうちゃん。見ててくれよ。おらあ、今度は県会だ。負けやしねえ。それなりの手は全て打ってきた。俺に逆らう者なんかいやしねえ」
千曲は自らを鼓舞するように父親に返した。
「ところで、おめえの同級生の金沢はどうしてるんだ?あいつが金も票もバックアップしてくれりゃ鬼に金棒だなぁ」
やはり親だった。せがれを当選させるために親なりの万全の策を練っていた。
千曲は自信たっぷりに言った。
「金沢の鉄ちゃんは、全てオッケーだ。全面的に応援することを約束してくれてらあ。安心しろよ、父ちゃん」
金沢鉄太郎はずっと昔の小学校からの同級生で、その頃から千曲を尊敬し、千曲についてきた。
金沢は理財の才に長けていた。荒稼ぎもかなりしてきた。巨富とまではいかなくとも、かなりの財を成していた。家運も隆昌にあった。
「鉄ちゃん、俺とおめえが組めば恐いものなんかねえ、頼んだぜ。今度の県会の選挙は必ず勝たしてくれ、頼んだぜ本当」
千曲は金沢の広い肩を武骨な手で握り、そして撫でた。
運も実力の一つだ。また、運も作られていくものだ。
事実、目的に向かう千曲はとうてい人には真似出来ないほどの血と汗を搾り出した。
千曲はまたしても、県議会選挙の初陣を飾った。その運動は凄かった。何十台というバスを連ねて他県へ市民を運んだ。時にはメロン狩り、時にはいちご狩りへと。そして必ず人々にお土産を配る。
後援会は膨れ上がった。
大きな料理屋を借りきって振舞い酒を充分に与えた。何百人もの支持者の一人一人を丁重に回りながら、土下座のようにして頭を下げ固い握手をした。そして肩を叩いた。
「ご参会の皆々様、この千曲徹を男にして下さい!この千曲徹、粉骨砕身の努力を惜しみません。当選のあかつきにはこの郷土、K市のために皆々様の手となり足となり働かせて下さい。働きます!どうか、どうか伏してお願い申し上げます」
千曲はすばやく土下座した。眼鏡が涙でくもった。千曲は自らに酔った。
「俺が本流だ」
人々の拍手が千曲の体全体に響きわたった。それは、あたかも本流のしぶきの音のように千曲に聴こえてきた。
(つづく)
バックナンバー
新着ニュース
- エルメスの跡地はグッチ(2024年11月20日)
- 第31回さいたま太鼓エキスパート2024(2024年11月03日)
- 秋刀魚苦いかしょっぱいか(2024年11月08日)
- 突然の閉店に驚きの声 スイートバジル(2024年11月19日)
- すぐに遂落した玉木さんの質(2024年11月14日)
特別企画PR