トップページ ≫ 文芸広場 ≫ 県政の深海魚(14)「ゴルフ場開発と千曲の手法」
文芸広場
俳句・詩・小説・エッセイ等あなたの想いや作品をお寄せください。
東和興業は一部上場の優良企業だ。
本社は首都の中心地にあって二十三階建ての最上階に役員室がある。
開発担当常務の日野は五十六歳。学歴はなかったが、機をみるに敏、人の心を読み取る才とフットワークで今日の地位を築いてきた。
情報収集能力でも彼の右に出る者は誰もいない。特に首都圏の人脈地図には明るい男として、社内からは恐れられると同時に羨望の的となっている。天性の嗅覚を持って状勢をうかがい、標的を決めると即座に戦略と戦術を描き、彼の作った図面通りに行動を起こし、殆どの獲物を逃さなかった。
獲物・・・殆どが政治家だった。地方の大物が彼の最も好物のそれだった。
開発部長の赤谷が突然呼ばれた。常務の日野に呼ばれると、赤谷は震えて緊張する。瞬間、何百万ボルトと思われるような電流が赤谷の背筋を走り抜けていく。
必ず獲物を射止めること・・・それが至上命令だったからだ。
「あのS県のゴルフ場開発な、場所は抜群だ。アクセスもいい。ロケーションも最高だ。アップダウンが多少あっても面白い仕事だ」
日野は鷹のように鋭い眼光を赤谷にぶつけた。
「あっ、はい!」
赤谷は反射神経だけで答える。絶対君主の命と赤谷は唯、緊張している。
間髪をいれずに日野は切り出してきた。
「問題は環境アセスと農地法だ。いくらS県の開発が緩いといっても法は法だ。建前をしっかり作って、表面は県庁はじめ、議会にもそれなりに納得させるものでなければ駄目だ。それには政治家だ。政治家を使う以外にない。なっ、赤谷。そこでだよ。俺の調査によると一番使いがいがあるのはナンバーワンの男だ」
日野の眼光が鋭さを増した。
「要はこれだ」
日野は長い人差し指と親指を丸めて見せた。
「成功報酬ってことで」
日野はいかにも難しいような顔つきをしながら首をひねって見せた。
「どうだ、赤谷、方法は?」
赤谷もプロだった。だからこそ、社内を威圧する日野の腹心ナンバーワンの地位を得ていた。
「いくらなんでも成功したらというのでは失礼です。まず、数回は宴席で接待しなければなりません。実力者の先生好みのぽっちゃりとした、福々しい女を二、三名、そんなところでいかかでしょう?それに色をつけてという具合で?」
赤谷はここまで来る間に、S県内をこまめに歩き、情報を集めてきた。県庁内にもマメに足を運んだ。
「よしっ、赤谷!おまえにこの件は全て任せる。決して振り込みだけはするな。相手が望んでも絶対だめだ。もっとも、これは野暮な言い方だったな。相手だって百戦練磨の将だ。そのくらいのことはあうんの呼吸で重々分かってるからな」
すでに勝ち誇ったように日野は赤谷に握手を求めた。
野心勃々たる男の胆才が稲光のような閃光を発する瞬間だった。
S県K市の人口は三十万近くあったから県議会議員の定数は四名と決まっている。
市民はそれぞれの政治家に陳情や頼み事をするが、千曲に頼めば必ず解決した。
特に他の県議は歯が立たなかった。歯が立たないことを「俺は清潔な政治家だからな」と嘯いて、その場を凌いだ。
「何とか、友人の息子を教員に採用して欲しいんだけどな」
友人の企業家が千曲に依頼する。
千曲は即、電話を取った。
「おう、部長さん。教員の試験な。まあ一次は受かってるんだから二次も宜しくな。頼んだよ」
側にいる友人等は感嘆のため息をこぼした。
千曲の意が通らない時は必ず、担当の部長が自宅まで呼ばれた。
「おい、落とした理由をちゃんと言ってみろ」
担当の部長は生きた心地がしない。
すかさず千曲は部長の肩を撫でる。
「まあ、仕方ねえな。その代わりどこかのもっと低いとこでも必ず入れとけや、なぁ」
千曲は執拗に相手を責めない。責めなくても充分の威力があって、目的は達していた。
他の県会議員の場合は執拗だった。一度に、十人近くの受験生を推薦してきて五人が落ちると担当課長や、時には部長を自宅へ呼びつけた。
「何故、落としたか、克明な理由を述べられない場合、俺は絶対に引き下がらないぞ」
相手を威嚇した。
千曲より県議歴だけは多い稲葉がいい例だ。
稲葉は普段、物腰は柔らかだったが、いつも鏡知事に擦り寄り、自分の利権獲得に忙しかった。目の上のたんこぶは保守党一期後輩の千曲だった。だからこそ、団内で千曲批判があると、必ずその輪に入って同調していた。
「先生方のいう通りだ。政治はね、もっときれいでなけりゃ駄目なんです」
稲葉の決まり文句を若い県議達はいつも違和感を持って聞いていた。
「自分に力がないだけだろうに・・・」
事業家としてもしっかりと財を成していた遠賀は吐き捨てるように言った。
(つづく)
バックナンバー
新着ニュース
- エルメスの跡地はグッチ(2024年11月20日)
- 第31回さいたま太鼓エキスパート2024(2024年11月03日)
- 突然の閉店に驚きの声 スイートバジル(2024年11月19日)
- すぐに遂落した玉木さんの質(2024年11月14日)
特別企画PR