トップページ ≫ 文芸広場 ≫ 県政の深海魚(15)「県政同志会」
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統一地方選が終わって、初々しい県議達が保守党に入ってきた。
保守党県連の事務局長、金山は県連会長の下田に
「今回当選してきた新人は皆、優秀です。経験、職業、地元の評判等、なかなかです。これで彼等を上手く指導すれば保守党もしっかりとしたものになります。来たる知事選も今度は勝利できます」といつになく力強く報告した。
下田はあまり興味のないように「ああ、そうかい、そうかい」と返した。
金山は理論家でしっかりとした政治哲学を身に付けていた。
日本を担っていける政党は保守党しかないと固い信念を持っていた。
(それには何といっても有能な人材以外にない・・・)
金山は揺るぎない心で保守党を愛していた。
「それにしても、せっかくの人材が保守党に入ってきても、千曲先生の独裁のような現状では困りますね」
金山の言葉に、今度は下田が異様な程の反応を示した。
青嵐という名に相応しい風が県庁周辺を余すところなく触れていった。
立夏の風は何故か人の心に立志のようなものを生じさせる。
政策集団「県政同志会」の勉強会は今回で五回目となった。
保守党の在り方に危機感を強めた県議会議員十三名で構成されている、 信濃春彦をリーダーとした会だ。
その日の講師はM大学教授で行政学専門の瀬田だ。瀬田は特に地方分権論者としてマスコミでもかなり名の知れた学者だった。
「県政同志会」の勉強会は真面目そのもので、一時間半のレクチャーに居眠りする者は一人もいなかった。五回程の会で欠席者は誰も出さなかった程だ。
「この十年で、おそらく道州制が確立されるでしょう。色々な障害もありますが、地方主権や地方分権という民主主義の最も大切なテーゼを現実のものとするには道州制しかないのです。道州制があって初めて地方の主権が確立します。しかし、その大きな条件は、地方に人材が存在するということ以外、他にありません。まず、地方の議員の質的向上、役人のレベルの高さ、優れた地方メディアの存在・・・この三つに集約されます。したがって、皆様の責務は大変重いものになりますよ」
瀬田は皮肉っぽく笑って、その日の講演を閉じた。
ため息のようなものが会場に洩れた。無意識のうちに皆うなずき合っていた。
すでに外は暮れて、夜の戸張が降りていた。
この季節独特の卯の花月夜となった。
春彦達は県庁からさほど遠くない「美郷寿司」に向かった。
春彦の足元から強い香りが鼻をついた。
どくだみの白い花が月光に照らし出されて白い光を逆反射させていた。
春彦はふと北原白秋の歌を想い出した。
〝どくだみの 花のにほひを思うとき 青みて迫る 君がまなざし〟
美しい人妻をどくだみの白い花に例えた切ない恋歌を何故ここで想い出したのだろうかと春彦は苦笑した。
「やっぱり、秋口までにはちゃんとした派閥を立ち上げなけりゃいけないな」
普段無口な福山が最初に口火を切った。福山は無駄口はきかないが決してぶれない古武士のような男だ。
「あの福山先生までそんな気分になっていたんだ・・・」
周りが驚いた。
「派閥っていうと誤解を受けるかもしれないが、このままでいったら党内不平分子で終わっちゃうのは間違いないな。だから、堂々と旗揚げをしなきゃ駄目だ」
理論家肌の新坂がけしかけるように言うと
「その通りだ。一刻も早く旗揚げ!大賛成!」
気合が輪になっていた。
「信濃先生、先生がリーダーなんだから早く決断してくださいよ」
弁護士県議の神戸がせきたてた。
春彦は黙って微笑んだ。そして、深く頷いた。
心中はすでに決まっている。
しかし、この運動を成功させるためには多くのハードルを越えていかなければならない。炎とエネルギー。しかも持続するエネルギーでなければならない。一瞬の花火のような輝きであってはならない。
敵は多数だ。
しかも、強力なパワーを持って立ちはだかっている。勝ち貫くにはありとあらゆる知謀も絶対に必要だ。そして資金。外部からの理解者。さらに後援者。さらにマスコミの力・・・等々。
春彦は考え抜いてきたとはいえ、頭の中は苦悩に近い形になっていた。
「そうだね。もう、僕もみんなも心は決まっている筈だ。あとは勝利する戦略と戦術、そしてタイミングだ。原案を数日中にまとめてみる。そうしたら、僕のそれをたたきだいにしてみんなでとことん協議しよう。どうだろう?」
決意に満ちた春彦の発言に異議を唱える者はいなかった。
明るい悲愴感のようなものが漂った。
杯を一気に飲み干して、春彦は立ち上がった。
〝男子志をたてて、郷関を出ず、学もし成らずんば死しても帰らず〟
春彦は詩を吟じた。激しい情念の結晶のような朗詠に同志達も昂ぶる心を抑えられなかった。月光はさらに煌々となって橙色の光を放しつづけた。
数日後。県政同志会が開かれた。
春彦の派閥立ち上げの原案が一人一人の机の上にあった。
真剣な眼が注がれていた。
〝保守党の体質強化のために、七十名近い集団の意見を一つにまとめていくのは至難の業としかいいようがありません。だから、ほんの一部の人達が勝手な動きをして、その動きを皆に押し付けてくるやり方にはもう耐えることができません。それが故に政策立案をしていく集団が党内に複数あってお互いに切磋琢磨し、意見をぶつかり合わせる。そしてその後、合意されたことについては全員一致団結して事にあたっていくのが民主主義の常道と考えます〟
春彦の文案の枕詞はわざと平易な表現が使われていた。
―― 立ち上げの時は気取ればいい・・・。
春彦の考えはいつもそうだった。
「よし、よし。これで行こう」
口々に一同が言った。
「問題は数です」
一同が静まりかえった。
「二十名は絶対条件です。又、多過ぎてもいけない。数に頼った途端、組織は弱体化するんです。ですから強力な二十名。これで三分の一を占められる・・・。三分の一を占めればあとは、雪崩れのようになって・・・まあ、そんなところです」
春彦はそこで言葉を切った。そしてあえてゆっくりと語り出した。
「あと七名から十名は僕が自分の責任において口説く。まず、三期、四期の先輩達だ。千曲先生の同期は千曲先生に不満を持っている。そこが付け目だと思う。三期には自信と覚悟を持ってぶつかっていく。任せてください。いいですね、皆さん」
誰も意見を言わない。
すっかり春彦の迫力と情熱の虜となって貝のような沈黙を守った。
(この男はすさまじい人だ。まさに政治のために、神がこの世に送り出した男だ。)
神戸は唯、感心して晴彦をじっと見つめ返していた。
(つづく)
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