トップページ ≫ 文芸広場 ≫ 県政の深海魚(18)「議長選と商品券」
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政策集団、県政同志会は結成するまでに三年から四年の年輪を重ねてきた。
当時、二期生だった大山や小池、五十嵐、皆それぞれの地元の市議会で議長や副議長を経験してきた地方の雄であり、リーダーだった。三期生のリーダーだった北山も老獪な地方政治家だった。
彼らは当然のことのように、民主主義の基本的なルールは熟知している。
彼らは知事選の大敗北でも、一回の反省会も開かず、団内の人事も全く一部の者で決定していく現在の保守党の在り方を、まるで世間には通じないという思いで一致していた。
このグループは何回も会合を重ねた。そして人事刷新、民主的ルールの確立、知事選に対する各支部、県議団、県連の密接なる連絡等を、県議団長、県連会長に何回も提言してきた。
しかし、その度に無視された。無視を超えて反撃に出てきた。これには温厚な大山も小池も呆れた。そして怒りとなった。反撃されること自体、全く理解できなかった。
当たり前のことを理解できないということは、千曲達の思惑があって保守党県連や県議団を私物化している証にもなっている。
しかも、反撃と政策集団潰しにも常に手を下してきたのは、千曲とその部下の県議達だ。さらに千曲の盟友は同期の坂本でその坂本はシャープさが売りものだったが、現場の市町村の実態を知らない。経験がなかったので仕方がない。
それよりも新政党〝新民主クラブ〟が崩壊し、保守党に復帰した者の一部は千曲への恩もあって強烈な千曲信者となって忠誠を誓っていた。
そういう者達に限って、民主的な改革論者を敵視した。
しかし伊南や益田は旧新民主クラブだったが、根っからの民主主義者で良識的だった。
だからこそこの二人は、真っ先に県政同志会に参加した。
「何でもいい。理屈は後からついてくんだからな。あの反党的な派閥を潰すことだけに力を貸してくれ」
千曲は〝反党的派閥〟という言葉を常に使い、部下達を徹底的に洗脳した。
千曲はデマゴーグの才も並大抵ではない。敵と決めた相手には容赦はしない。実に巧みな戦闘的言語を駆使した。そして、千曲にそういうレッテルを貼られることを多くの県議は恐れた。
〝県議会議長選挙に商品券が配られた!〟
新聞各紙が一斉に報じた。
「これじゃ、もう我慢できないな」
温厚な小池が顔を紅潮させて春彦に呟いた。
隣にいた北山も同調した。そして、厳しい口調で言葉を叩きつけた。
「本当だ。こうなっちゃ、おめえ、やるべえじゃないか。俺だって兵隊に行ってるんだ、恐いもんなんかありゃしねえ。信濃先生、一つ戦略を練ってくれよ。こりゃ、旗上げしなきゃ、俺達が笑われちゃうし、潰されちゃうぜ。ああ?」
この男の訛りには何とも言えない愛嬌がある。商売熱心で知られたが、自らを策謀家と思っている節があった。
(あの千曲なんかに俺らぁ負けねえ・・・)といつも自分に言い聞かせていた。しかし、穿った見方をすれば、権力にも商売にも千曲の存在が邪魔だった。
そんな北山は春彦とは対極の存在だったが、どういう訳かウマがあった。春彦はどこかでこの男の生き方に男の臭さのようなものを感じていた。
一方で北山も、春彦の飄々と事を練り、電光石火のような行動力に惚れていた。
秋雨前線が日本列島を蛇のように這っている。秋の長雨だ。
千曲は窓の外をずっと眺めていた。銀色の雨脚が光っている。
(俺の前に立ちはだかろうとしている輩は排除以外にない。しかしあの信濃は面白い男だ。あいつさえ籠絡させて、俺の味方にすれば・・・あいつだって決して俺を心から嫌っている訳じゃあるまいしな・・・)
高級料亭「西山」で千曲と春彦は対座した。
「信濃先生、色んな不満があったらこの俺に直接言って下さいよ。どうですか、先生。前にも言いましたが、私と先生が組めば県政はどうにでもなります。えっ・・・どうですか。もう民主主義だ、党改革だとか言わないで、この私をもっと利用して信用したほうが得ですよ」
今日の千曲はまず、紳士的な振る舞いから出発している。
「先生、次元が大分違いますよ」
「何の次元です?」
千曲はまだ紳士であることに耐えている。
「要するに、今の保守党は近代政党ではない。全く世間から遊離しちゃってるということですよ。事業ならとっくに潰れていますよ」
春彦の背後には二十四名の熱い同志がいる。そのことを思うと一歩も退くことはできない。むしろ、明るい訣別をすることが、党のためだ。身を捨てることだと心を固めていた。
しかし、若干のためらいがなかったわけでもない。
「千曲先生、失礼ながら、既に新聞でも各紙報じたように、議長選に商品券が配られるようではこれはもう民主主義の自殺です。先生!どうかお気をつけて下さい。実力がおありになるだけに惜しい。天は見ています。まさに天網恢恢疎にして漏らさず。この言葉を是非、忘れないで欲しいと私は真剣に先生、思っているんですからね」
春彦は自分の本音をずばり指摘して、一礼をした。そしてそのまま席を立った。春彦の背は一本の筋がまっすぐ通りぬけて決して曲がることはない。信念の形をしていた。
千曲はその背をじっと見やった。そして残された酒を一気に平らげた。
「この生意気野郎!」
千曲はすっかり元の千曲に返っていた。
(つづく)
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