トップページ ≫ 文芸広場 ≫ 県政の深海魚(19)「知事選・金・敗北ー前編」
文芸広場
俳句・詩・小説・エッセイ等あなたの想いや作品をお寄せください。
知事選が近づいて来ていた。
下田をはじめとする三名の国会議員と千曲が一堂に会していた。
「今度こそですね。知事を保守党の手に奪還しなければなりません。それでですね、優秀な官僚がいるんです。地方自治をよく知ってます。関川って言うんですが、どうですか?」
下田は少し遠慮がちに言ったが、すでに関川に内諾を得ていた。
「ところで金は?」
千曲は咄嗟に聞いた。
この男にとって、一番大事なことだ。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。県議の先生方には、知事候補の条件として、県会を経験した参議院議員ということで約束してあるのに、それで大丈夫かな」
馬渕らしい筋論を言った。
「金さえ何とかなれば県会の方は任せて下さいよ。私が束ねてんだから」
千曲は誇らしげに豪語してみせた。
「あの政策集団の連中は大丈夫ですかね」
心配げに下田が千曲の顔色を覗った。
「とにかく、この場で関川でと決定しちゃって後はガス抜きをすればいいんですよ。もし反対するような奴等がいれば党の決定に背くのかと、離党か除名で脅かしゃ彼らも従いますよ」
千曲の言葉に下田をはじめとした国会議員達は安堵の念よりも、むしろ不安感を持った。千曲嫌いの勢いは相当なものだと思っていたからだ。また、彼らも元はといえばそれなりの良識家をもって任じていたし、千曲への不信感を抱いてもいた。
しかし、県議会の力には国会議員も全く歯が立たなかった。ほんの一部の時を除いて、保守党の県連の力関係はいつの時代も県議会が国会議員を凌駕していた。
それゆえに不満たらたらの心を隠して、千曲の意見に従わざるを得なかった。
(でも、また密室で一部の者だけで決めてしまったと言って県議達は怒りまくるだろうな・・・)
下田の不安は糸を引くようにいつまでたっても胸の底からは消えなかった。
千曲は知事選の根回しを始めた。
最初はあえて保守党県議団会議に真正面からぶつけた。
反対者の顔をわざと皆に認知させる必要があった。
「ええ、県議の先生方、既にご承知の通り、今度の知事選はどうしても我が保守党が強力な候補者を擁立して勝利を収めなければなりません。それには国家の中枢で実力を振るっている官僚のトップクラスの関川さんを最良の候補と我々は考えました」
千曲は分厚い眼鏡の底から、鋭い眼光をもって他を威圧した。
「誰だ、関川って!」
「誰が勝手に決めたんだ!」
「独裁政治じゃないか、これじゃ!」
「四年前の反省も何もしてないじゃないか」
かなりの激しいヤジが飛び交った。
千曲は全て計算済みだ。ヤジの方向に一人一人見やりながら、わざと困惑したような素振りをみせた。
その時。
「ちょっと皆さん、すみません。静粛にして下さい」
春彦が他を制して立ち上がった。
「まず、この候補者がまたもや、ほんの一部の者達の間で決定されてしまっている事、実に不快です。四年前の経験がまるで反省も学習もされていないじゃないですか。そして、何故、このS県に官僚が必要なのですか。まず、大衆に絶大な人気がある鏡知事に歯が立たないと思います。私は選ばれたる一県議会議員の責任としてこのことがいかに狂った人事と決定であるかを述べておきます!」
「うるせぇ!」
「また余計な事をほざきやがって!」
千曲の親衛隊が怒鳴り飛ばしてきた。
「まあまあ、そんなに怒鳴ったり怒ったりしないで、ねえ、皆さん、我々は同志ですから」
とってつけたように千曲は宥める振りをした。腹の中では怒ったマムシが炎のような赤い舌を出していた。
数日後、知事候補、関川弘擁立の署名簿が保守党県議団に配られた。
「これに署名しなかった奴等は保守党県議団から出ていってもれえばいいんだよ」
千曲は誇らしげに配下の県議達に言った。
「これは我々に対する底意地の悪い踏み絵ですね」
福山は皮肉っぽく春彦に言った。
「もうこんなことする奴等許せないよな、全く」
伊南も神戸も既に顔面を紅潮させている。
「まあ、理不尽だけれど、最後の妥協をしよう。我々が全力を尽くしても、関川じゃとても鏡には歯が立たないのはわかっているけどね」
春彦の顔は苦渋に満ちていた。
「妥協もこれが最後としような」
北山の厳しい眼光に皆黙して、語らない。
重苦しい空気だけが漂ったまま動かない。
(つづく)
バックナンバー
新着ニュース
- エルメスの跡地はグッチ(2024年11月20日)
- 第31回さいたま太鼓エキスパート2024(2024年11月03日)
- 秋刀魚苦いかしょっぱいか(2024年11月08日)
- 突然の閉店に驚きの声 スイートバジル(2024年11月19日)
- すぐに遂落した玉木さんの質(2024年11月14日)
特別企画PR