トップページ ≫ 文芸広場 ≫ 県政の深海魚(20)「知事選・金・敗北ー後編」
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関川擁立が決定した。
昭和製菓の工場で保守党の決起大会が盛大に開かれた。終了後、昭和製菓の女専務が県議の一人一人を呼んだ。分厚い封筒が配られた。
「あなたね、生意気な議員さんって。これは活動費です。議員さんにはランクをつけてお渡ししてるの。あなたは色々うるさい事を言っているようだけど、ランクは上にしてありますから」
傲慢な態度だった。そして身体全体で相手を威圧していた。
「悪いですけど、私はあなたから活動費を受け取る立場にありません」
春彦はそう言ってその場を後にした。
「何よ、あの態度、許せない男だよ、本当に!」
女専務は夫の社長に言葉を投げ捨てた。
社長は黙っていた。
(何でもこの女房に任せてある。俺の口出すことではない)
事実、昭和製菓は女の太腕によって急成長をしてきた。県政にも君臨して、その影響力は多大なものとなっていた。
知事選は予定通りあっけなかった。
大差をつけて鏡が圧勝した。
負けた関川は悔しさに拳を握り締めた。
「俺は保守党に騙されたんだ、畜生!」
官僚上がりの関川は世事に疎い。それゆえに
(この優れた俺が負けるはずがない・・・) と終始思い続けてきた。
例によって保守党幹部の総括は何もしない。あげくのはて
「やっぱり官僚じゃ駄目なんだよな」と嘯いている幹部が多数だった。
事務局長の金山が身心共に疲れ果てて急死した。金山は清廉な人格者だけに、その死は惜しまれた。
金山はメモを残していた。
〝今度の知事選もまたもや、ほんの一部の保守党幹部の独断に始まり暴走をし、みじめな敗戦となった。事務局でありながら、資金の事も何も知らされなかった。パーティーで集めた金もどれだけでどう使われたかも何も知らされない、驚く程の不透明な選挙だった〟
学究肌の真面目な人格の金山だけに、そのメモはS県政界を揺るがせた。
県政同志会は〝もはやこれまで〟の結論に達した。
「もう我々保守党県議団のやり方にはついて行けない。限界を超えた。これ以上同じ会派としては無理だ。分裂しか道はない。保守党の今後のために二つの会派を作って、必ず県民に分かりやすい、県民のための保守党を創っていこう」
春彦の強い発言に誰も異議を唱えるものはいない。
春彦は早速、県政同志会の幹部数名を集めた。
「先生方、もうこれ以上、彼らと同じ道を行くことは無理です。この二十五名、明日血判状を作って行動を起こしましょう」
「そうだ、我々も心は決めている。具体的行動の原案を一つ、信濃先生まず、作って下さいよ」
「分かりました。まず事務局だけは作らせて下さい。早速原案を作ります。先生方はとにかく各同期の方々がぶれないように確認だけはして下さい」
千曲は〝壮者〟ということにこだわった。
〝壮者〟は〝強者〟だ。
千曲はこの方程式の強烈な信者だった。
(県政同志会などという反乱者は力でねじ伏せるしかない。信濃の存在さえなくせばあんな奴等はてんでんばらばらになるに決まっている・・・)
知事選で大敗を喫しても、議会は依然として絶対多数を誇る保守党の思うままだった。
千曲の一抹の不安は、県政同志会の二十五名が巌のような団結をしながら他党と組む、そしてキャスティングボートを握られることだ。
(それだけは絶対にさせない!)
県政の司祭として君臨し続けることがこの男の欲情といっても過言でない執念だった。
千曲はS県主催の様々なビックイベントにもいちいち注文をつけてきた。
担当部長が呼び出された。
「ああ、部長、あんまりでかいことやんなよな。人数も少なくていいんだ、あんなもの」
ドスのきいた千曲の声を聞いただけで担当部長はもう返す言葉もない。
「あっ、ハイッ、ハイ」
県庁に帰った部長は次長の江戸川に直ぐに相談した。
「いいですよ、部長。私が腹を切る覚悟で千曲先生に直談判して解決してきます」
江戸川は県庁きっての切れ者で、度胸もずば抜けて良かった。
「千曲先生、もう我々が企画してしまったことですし、先生にも是非、主宰としてご挨拶を頂くように決めてしまっております。ですから何卒、我々の意をお汲み取り下さい」
江戸川の迫力に千曲はたじろいだ。
千曲は特にこういう男に弱かった。
「分かった、分かった。江戸川君。あんたもな、大したもんだよ。あんたに免じて俺は何も言わんよ。ハッハッハッ、分かったよ」
千曲の了解は、相手に恩を売るためのものだ。主賓で呼ばれることも満足だ。
千曲の思いは充分に満ちている。
庁内では、部長が手に汗を握って待っていた。
「千曲先生が江戸川の言うことなんか聞く筈がない。そんなことがあったら俺が逆立ちをして庁内を歩いてやるわ」
江戸川に言った手前、部長は複雑だった。
「部長!逆立ちして下さい!」
江戸川の勝ち誇った言葉に部長は逆立ちどころか、飛び上がって欣喜雀躍した。
(みんな俺の言う通りになる・・・)
千曲は政界を海に例えている。広く、深く、底知れぬ快感を漂わせている大海。
大海を自由自在に遊泳し、雑魚は遠慮なく食いちぎっていく・・・。
大魚こそ、千曲の野望の姿そのものだった。
(つづく)
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