トップページ ≫ 文芸広場 ≫ 県政の深海魚(22)「保守党分裂」
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春彦は一睡もしてなかった。戦いに挑む昂ぶる心が激しい潮となって春彦の胸中に押し寄せてくる。努めて冷静さを保とうとするが、満ちてくる潮の勢いの前には平常心なんぞ無力に近い。
新しい会派の設立趣意書を何回も何回も推敲した。
そして会派の名称。後輩達の多くは自分達の正当性を主張。保守党の冠に第一とつけて欲しいと春彦に迫っていた。
〝第一保守議員団〟 〝保守第一議員団〟 二つに絞った。
――ネーミングは一つの魂の証しとなる。だとすると、ゴロも考慮して保守第一議員団がいいな・・・。
翌日、春彦は幹部に原案を提示した。
そして今日、保守第一議員団の部屋を作る。三階の部屋から四階へ一挙に移動する。
夜、九時以降、誰も気付かれないように一気に挙行する。
それまでにもう一度、二十五名の意志の確認をする。脱落者が数名出ても必ず決行する。
異義を唱えるものは一人としていなかった。
役員は団長に最年長の東沢。
「信濃先生が団長でなければおかしい!」
他の意見を春彦は遮った。
「自分は全ての責任を取ります。しかし、年齢があまりにも若過ぎる。皆さんのなかで二番目に若いじゃないですか。何回も言って来ましたが実務を統括させていただければ、その方がいいと思います」
春彦の並々ならぬ決意と静寂が、全体の空気を不思議な程、晴朗にしていた。
白石が突然口を開いた。
「私も同感だ。信濃先生は事務総長がいいと思う。それから、幹事長は是非、私にさせてもらいたい」
ざわめきが起こった。白石は今日まで千曲と一番近い人物と見られてきたからだ。
皆が春彦の顔色を窺っている。春彦は既に小池と北山で白石を幹事長と決めていた。千曲と親しいが故にむしろ利用価値があると・・・・。
小池と北山が副団長。神戸は春彦を実質的に支える事務局長に就任した。
「本当に最後まで固まって行きたいですね」
神戸は白石に不信感を持っている。
「うん。これから厳しい戦いとなる。喰うか喰われるかだからね。弱い奴は必ず引き抜かれるからな。うん、そして役職で釣られる者、金で崩れてしまう者、次の選挙で弱みをつかれちゃう者だな」
春彦はもう何の迷いもない。
政治的には若いが改革に真面目な生き様を貫いていこうとする神戸達をいかなることがあっても裏切ることは出来ないと固い決意を持っていた。
「一度指した将棋は後に戻すことは出来ない。同じように政治家の決断も戻ることは出来ない。なあ、神戸先生、政治家が信頼されてこそ国家も地域社会も栄えると僕は信じている。今度の僕らの行動も決して揺るがぬ鋼のようなものじゃなけりゃ笑われてしまうよ」
強靭な意志と無限の虚無のようなものが、春彦の胸底に奥深く混在しながら炎となった。
記者会見にはかつてない程の記者が押し寄せた。
団長の東沢は保守第一議員団結成の趣意書を読み上げた。
東沢は努めて冷静さを装った。
〝今では遅いくらいだ〟という東沢の気負もある。
春彦は自分の作成した趣意書が天下に知れわたることに満足感を感じながらも来るべき時がいよいよ来たことに強い戦慄を覚えていた。
「今、国政は政治家の汚職事件の多発で揺れ動いている。政治への不信は募る一方である。いかなる権力も自省と改革への意欲を喪失した奢りの時こそ失地の道を歩まざるを得ない。この歴史の教訓を我々は極めて強い危機意識を持って自らの胸に銘じなければならない。我々保守第一議員団の行動もかかる現状を大きく変革して行こうとする悲願にも似た想いのそれである。県政を良くしたい。その県政に於ける保守党をもっと優れたものにしたい。例えば敗戦続きの知事選にも決して負けない保守党にしたい。排除の論理よりも受容の論理を持った懐の深い包容力を持った政党にしたい。党員以外の無党派層を含めた幅広い方々からの支持と強い信頼感を持たれるような党の再建に一身を賭して行なって行きたい。
・・・これ等の実現のために私達は固い同志的連帯に支えられながら今日も前進しつつ在る。しかし、私達の途は決して平易でなく嶮峻に満ちている。だが、私達は困難な時こそ勇気と気品に溢れた政治家でなければならないと思う。そして私達はいつのときにも県民の方々の良識を信じている。今後私達は、例えこの途が茨の途であろうとも志と信念に徹しつつ、知性と行動に裏付けられた二十一世紀への新しい政治の確立のために不断の改革への情熱を持って歩み続けるものである。・・・・」
普段、冷静な記者達からため息が洩れた。
「分裂ですね!」
「最後までやり抜きますね!」
怒号のような質問が矢のように飛んだ。
S県保守党分裂のニュースは全国を驚かした。
有名な週刊誌の政治対談でも財界の首脳達が〝腐敗した保守党は金属疲労をきたしている。保守党の生き残る途は分裂しかない〟と堂々と述べていた。
既に革新政党は大量の女性を国会に誕生させている。
記者会見があった数日後、一通の手紙が春彦のもとに届いた。
〝大兄達の快挙には大いなる感動を覚えております。まさに国会の危機、極まりたりの観を強く持っております。つきましては早急に大兄とお会いしたいと思っておりますがいかがでしょうか・・・〟
手紙の主は三経グループ総帥の竹野博だった。
ジャーナリストから身を起こし、一代で莫大な財を築き、S県の事情を熟知している。
雑誌等にも積極的に登場して政治の変革を訴え続けている特異な財界人だ。
(つづく)
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