文芸広場
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嵐の夜だった。
僕は彼女を呼びつけた。
「こんな嵐の日に・・・」と彼女は言う。
「嵐だからこそ、ぼくは逢いたい」と答えた。
彼女は自宅までの迎えを条件に渋々返事をした。
僕の意図も分からぬまま・・・。
僕は今日彼女に別れを告げる。
揺れ動く心を嵐が押してくれた。
きっと明日からは嵐が去った後の青空のように晴れ晴れとした気持ちになるはずだ。
そう心に言い聞かす。
彼女に一言別れを告げ僕はすぐ去ろう。
彼女はきっと戸惑いもなくすぐに答えを出すだろう。
彼女はけだるそうに車に乗り込む。
「こんな日に逢うのだから最高級のレストランでなきゃ許さないから」
いつものわがままだ。
僕は精一杯決めてきた短いセリフを声に出す。
「別れよう。君も望んでいるはずだ」
「・・・。」
彼女はうつむいたまま
「いいわ、じゃ、橋に連れてって」
これはいつものわがままではない。これは明らかに嫌がらせだ。
この嵐の日に橋など危険すぎる。
僕はこれが最後だと心に言い聞かせ、横浜ベイブリッジへとむかう。
首都高を走った。
いつもの首都高ではない。
通り過ぎるビルの明かりがほとんどといっていいほどなかった。
その分東京タワーが、嵐の東京に一段と光を放っていた。
彼女は僕の東京タワーだった。
でもきっと東京タワーに憧れる男は百万といる。
その豪華絢爛な東京タワーは僕では満足できないはずだ。
僕の前では彼女は輝けない、きっと・・・。
だからこそ僕は身を引く。
彼女との沈黙が続く。
嵐のためか道はすいていたのでその沈黙は思いのほか短くすんだ。
「着いたよ」
すると彼女は「ここではだめ、もっと長い橋よ」
強い口調で叫ぶ。
その声は今まで耳にしたこともなかった荒々しい声だった。
僕は彼女のわがままさに嫌気がさし、なげやりに言った。
「じゃっ日本で一番長い橋アクアブリッジにでも行こうか。でもこの嵐じゃ行っても通れるかどうか」
僕はずっとこのわがままに付き合ってきた。
彼女の気持ちもわからぬまま。いや、彼女は僕を好きではない。彼女につりあわないこの僕に彼女は嫌気がさしているに決まっている。
長い沈黙のあと彼女が言った。
「長い長い橋でなきゃだめなの」
彼女の声のトーンが変わった。ちょっと前の荒々しい声でもなくいつもの声でもなかった。
僕はそんな彼女を見つめた。
彼女はさらに言った。
「渡り終えたときあなたを忘れられるくらいの長い橋でなきゃだめなの」
ベイブリッジのライトに灯された彼女の目から光の粒が流れた。
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