コラム
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男の珈琲タイム
男のホットひと息コラム
新着記事
- 餃子の恨み(2013年05月01日)
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駅の近くに「デッケーギョウザを食わせる店がある。あれを五皿食える奴はいない。」と上野の土屋がいった。魚津の邦さん「俺はビールがあればギョウザの五皿、六皿はかるい。」それじゃ、とりあえず行ってみよう。と即座にきまる。どうも此の連中と一緒だと「ノム」ことに関する限り意見の一致をみるのに時間を要さない。 まだ内幸町の中日新聞を出てから百歩と歩いていない。メ…
- 千年の里高麗にて(2013年04月20日)
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高麗の里に行ったのは二十年ぶりだ。 高麗川の清流はなお清く、魚影は細い銀色の光を放っていた。青磁色のカワセミが清流をかすめて翔んだ。菜の花はこぼれるような微笑でハイカー達を迎えいれていた。 眩しいほどの新緑。まさに絶景だ。はるか千五百年も昔、朝鮮半島からの渡来人達は高麗王のもと、百年もの間、この地で栄えたという。当時は、小高い丘の木々はもっと繁く高麗の里…
- 「地上の星」 俺は見た~後編 (2013年04月15日)
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倒れ掛かっている古い我が家に、好き嫌いを「超越」した場所が一部残されている。 各部屋ごとの天井と壁の角に造作されている神棚と称されているところだ。 そこには、伊勢の大神宮様、木曽の御嶽様、山の神様、恵比寿様、大黒様から弁天様と此の国に祭られている大方の神様が集合されている。これは一体何だろう。親父もそれ程の信仰家だったとは思えなかったし、私も特別に…
- 「地上の星」 俺は見た~前編 (2013年04月08日)
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山(登山)の世界で有名になっている奴にろくな者は居ない。生き残っている連中も同様だ。と、Sさんが吐き捨てるように呟いた。所は都内某ホテル。H山岳会60周年記念祝賀会パーティ会場。 有名、無名の参会者、約200数拾名。例によって、開会の辞に始まり続いて「現役代表」による登山活動報告を交えた新鮮味溢れる清々しい挨拶。次に、お決まりの来賓代表の祝辞が始まった…
- 地方の帝王 ―市長の事情― part3(3)(2013年03月25日)
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時が過ぎた。昭和25年頃の日本は敗戦後5年ぐらいしか経っていなかったから、貧しさは極みに達していた。例えば、弁当にしても白米もなかったし、おかずは梅干しに何か一品つけたら上等の方だった。さつまいもたったの一本という同級生もかなりいた。その頃、役場の小使いさんをしていた息子は役場の職員達の残したおかずを寄せあつめて持ってきて、一番豪華だった。朝鮮人だった同級生…
- さいたま市散歩梅、桜、そして柳(2013年03月19日)
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桜の開花がかなり早まりそうとの報が気になり、桜の名所、大宮公園に出かけてみた。3月半ば近くのこの日、まだ開花のきざしは見られなかった。それではと、産業道路を渡り、見沼代用水の東側の大宮第二公園へ。ここは桜よりも梅で知られる。ピークを過ぎつつあったものの、赤、白、ピンクの花と、園内に漂うほのかな香りを十分に楽しめた。 氷川神社からこの辺りにかけては、さい…
- 地方の帝王 ―市長の事情― part3(2)(2013年03月14日)
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マッカーサーは敵の大将だ。その大将に私の父は尊敬の念をもって視線をむけた。マッカーサーは、私に近づいた。魔王のような太い大きな手が私の頭におかれた。そして、撫でた。私は、その大きな格好の良い男を見上げた。「ユーアー、グッドボーイ」。私は形容しがたい嬉しさでいっぱいになった。「サーキュー、サアー、ゼネラル」父は感動して、マッカーサーに深々と頭を下げた。マッカ…
- 地方の帝王 ―市長の事情― part3(1)(2013年03月05日)
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「男のコーヒータイム」の執筆依頼を受けた時、はっきりいって私はある種の戸惑いを覚えた。なぜなら、このコーヒータイムという響きがなんともいえない粋さと、私自身のコーヒータイムとの出会いがあまりにも懐かしいものとなっていたからだ。 私とコーヒーとの出会いは古い。日本が敗戦して間もない頃、私は両親に連れられて銀座の松坂屋に行った。今から思えばずいぶん贅沢な話だ…
- Do you know パッキャオ?(2013年02月23日)
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ある東洋人ボクサーのドキュメンタリーをNHKが地上波とBSで放送していた。BSのほうは2時間の拡大版だった。その選手はフィリピン人のマニー・パッキャオ。ライトフライ級(体重48.99kg以下)でデビュー、フライ級(50.8kg以下)で世界チャンピオンになったのを手始めに、次々にクラスを上げて王座に就き、スーパーウェルター級(69.85kg以下)まで6階級の…
- ことわざ徒然~(2013年02月11日)
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人それぞれに深く納得していることわざがあるのではないでしょうか。 私自身にとってはそのひとつに立って(起きて)半畳、寝て一畳というものがあります。 父に教わったと記憶していますが、昭和ひとけたの父も好きだったことわざでした。 改めて意味を調べ直してみると、人が立っている時に必要なスペースは半畳、寝ても せいぜい一畳あれば十分である、そこから欲を戒…
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