トップページ ≫ コラム ≫ 埼玉の余話 ≫ 埼玉の余話2013.01.29
コラム …埼玉の余話
世の中がすべからくステレオタイプ化しているようで淋しい。体罰があれば評論家達がこぞって体罰はもってのほかと言い放つ。テレビの司会者も、ある一定のステレオタイプ化した答えを用意していて、その方向へと上手く誘導していくから、その通りになる。そして一見落着。
体罰は法で禁止されているという。法で決められていなくても体罰は良いと表面きって言えないのが体罰というものだ。
体罰は身体的苦痛を与えることだと辞書には書いてある。では身体的苦痛を与えることは悪い事なのだろうか。悪い事をしたら罰を与えるというのは世の中あたりまえの仕組みだ。勿論、今日の体罰問題は悪い事をした、しないでおきたことではないが。だから、この体罰問題の本質は、その中味まで掘り下げていかなかったらどうにも世の中しまらなくなるのは自明の理だ。何回も何十回も殴り続けるのは明らかに体罰ではない。暴力的犯罪であり、こんなことを容認したら、世の中は暗黒だ。狂気だ。
「どうしてお前は守備がヘタなのか? よし、1000本ノックだ」こうして名プレーヤーが生まれてくる。理にかなっている。理屈で野球が上手くなる筈がない。
他人の財布を盗んだ者がいる。「少し正座して自分をみつめてみろ!」これも体罰なのか。ステレオタイプの常連諸子は自分の今日ある過去を本気でかんがえてみるべきだ。
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