コラム …男の珈琲タイム
彼と初めての出会いは彼の親友の主催するパーティーだった。色白の端正なマスクをして一人一人のスピーチを聞きながら、よく頷いている。コミュニケーション術の一つに3回のうち1回は頷けというのがあって、彼はまさしくそれを実践しているのだ。簡単なようで修行をつまなければなかなかできるものではない。まして、そこに少しでもわざとらしさがあったら嫌味だ。彼にはそれがなかった。いとも自然にその仕草は続いていた。そこまでは良かった。だが、彼の顔をじっと見た時、私は失望の色をかくせなかった。端正なマスクのあごは無精ひげがいたるところに生えているのではないか。これでは、イケメンも泣いてしまう。お洒落は、男も女も絶対に必要で、その本人の現在、過去、未来の重要なメッセージである筈だ。特に男の場合、衣装は鎧だ。男の戦いの武器にもなる。惜しい。画龍点睛を欠くとはこういうことかと私は強く思った。何故、たった一人の男にこんな想いをもったのか。それはこの男のかもしだしているオーラと顔相に魅かれたからだ。顔相は統計学だ。過去何千年の間、それぞれの相を観て、先人達が、幸、不幸等をわけてきた結果なのだ。確かに顔はその人の全人生を要約しているのかも知れない。風雪をくぐり抜けてきた人には血と涙と汗が粘土のようになって顔をつくりあげてきているのだ。まさしくその人の歴史を彷彿させているのだ。ボンヤリと生きてきた人は何も刻まれていない平板のような顔立ちをしているものだ。1ヶ月後、その彼と飲んだ。無精ひげがどうしても気になったからだ。その日彼の顔にはひげのヒの字もなく、鋭いが穏やかなビジネスマンの表情があふれ出て、1ヶ月前の彼のように私の話には真剣になってうなずいてくれた。お父さんは防大をでたエリートだったが、出世には恵まれなかったこと。自分も、技術畑の人生を歩もうと思ったがこれからは食育というジャンルの仕事が貴重なものになることを予感して、その道のエキスパートを目指していると瞳を輝かせていた、43才。前途は洋々だ。この男も自分の学歴やエリートぶりをひけらかさないのが快い。
「成功ってのはその人の人生の考え方掛けるその人の能力だと思う。そして、やる気プラス情熱だよ」生意気にも私は先輩ぶって言ってのけた。彼はまた、大きく頷いてみせた。
未来や将来がある人はあたかも満ちてくる潮の様な勢いとたくましさがある。「東上線沿線の同窓生を慕って、豊かな人脈をつくっていくことにしています」この彼、大原中也君の顔面がわずかに朱をおびた。
外は秋霖に濡れていた。秋霖に打たれた傘はそれぞれが数ヶ月前の紫陽花の化身に思えた。氷雨の街角を急ぐ私の心は氷雨とはうらはらに何故か熱いものでうるおっていた。
(鹿島修太)
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