トップページ ≫ 教育クリエイター 秋田洋和論集 ≫ さいたま市は「ドテラ」をやるべきか(1)
教育クリエイター 秋田洋和論集
さいたま市の新市長である清水氏の公約に「4年以内に小中学校で『ドテラ』を実施する」というものがあります。いつ,どこから始める予定なのか興味をもって見ていましたが,どうやら反対の声も大きいようで実現への道はまだまだ険しいようです。まず『ドテラ』とは何なのか、そしてさいたま市の公立中学(小学も)に『ドテラ』は必要なのか、これから一緒に考えていきたいと思います。
○『ドテラ』の背景
この『ドテラ』とは『土曜日寺子屋』の略とされています。このネーミングは、杉並区和田中学校から発信される情報がマスコミに取り上げられる過程の中で定着していったものです。『ドテラ』という名前でなくても土曜日に補習授業を行う自治体も少しずつ増えてきており、多くは土曜の午前中を利用して、ボランティアや教員退職者が指導していますが、塾講師が学校に出向いて指導するケースも登場しています。東京都港区では全中学校で「土曜講座」を行っており、私も2005年(立ち上げ1年目)に、講師として1年間お台場の中学校にて土曜講座に関わった経験があります。
このような土曜日の補習授業は、「子どもたちの学力低下への対応」「学力不振者の補習」と受け取られがちですが、なかなか表には出てこない背景が存在します。少なくとも港区と杉並区の場合には、「学校選択制」と「中学受験」という2つの共通したキーワードに注目する必要があります。
例えば港区では、子どもの数がもともと少ない上に中学受験率が高い事情があります。自治体として何の策も施さなければ、かなりの割合の子どもが公立中学に進学してくれません。しかも学校選択制がありますから、各中学は「公立中学に進学してくれる生徒」を取り合うことになるのです(これも公立アピールの一つですから仕方ありません)。
港区教育委員会のホームページで公表されている「新入学学校選択希望集計(平成20年11月10日現在)」を見ると,各中学の受け入れ人数の上限は100名か70名のいずれかとなっていますが、中学校全10校のうち入学希望者が受け入れ数を上回っているのは2校しかありません(100名,70名が各1校ずつ)。しかもこの11月段階の希望者から、実際には私立中への進学者が抜けた分しか入学してくれません。ちなみに、この地域の中学受験率はベラボーに高いと聞いたことがあります。
これでは中学校の運営自体に支障をきたします。クラス運営はもちろん、部活だって限られたスポーツしか行えません。だから自治体としては、「公立中に目を向けさせ、入学者を増やす」ことは最重要課題となります。公立中を選ばない親の意識の中に、一定の割合で「公立では学力が心配で・・・」であることは事実でしょうから、「土曜日に講座を開いて学力の補完または伸長をはかりますので、ご心配なく公立中に通わせてください!」という切り口で訴えかけていくことは決して不自然なことではありません。
○『ドテラ』が嫌われる理由
このような視点を理解していただくと、この『ドテラ』が多くの人が想像するような単なる「学力不振者を集めて勉強させる」だけの場所であってはならない事がおわかりいただけると思います。全体として出席率を高める工夫をして、より多くの子どもを呼ぶしかけを行っていかないと、「勉強ができないと、あそこ(ドテラ)に行かなければならなくなる」といったネガティブなイメージでとらえられてしまうからです。そうとられないために必要なことは「学力が上位の子、普通の子もやってくるしかけを作っておく」ことなのです。つまり学習内容の定着度別にクラス分けを行って、土曜日は『最も自分にあったクラスで勉強できる日』というイメージを作っていく必要があるのです。和田中で校長をされていた藤原氏は「ふきこぼれ」という言い方をしておられますが、このような学校の勉強が簡単すぎてつまらないと感じている層の子どもまで参加させる流れを作らなければ、こうした講座がうまくいくはずがありません。実際,杉並区和田中では「夜スペ」という名称の別授業を、港区では土曜講座を習熟度別の2クラス用意して(1クラス5名前後になることもあります)行って、生徒全体の参加率を高める工夫を行っています。
ところが学校の先生の立場から見てみると、これでは色々と面白くないことも出てくるのは当然です。
自治体は「学校の先生にはきちんと休んでもらう」という立場を守らなければなりませんから、どうしてもこうした講座を民間(塾など)に委託する必要があります。これは前述(港区の場合)のように、保護者に対する「学力を保障しますよ」というアピールにもなるわけですが、先生の中には『我々の立場が否定されている』ととらえるケースもあるでしょう。それだけ世間が先生方を悪者扱いしているからなのでしょうが、先生方から言わせると「毎日必死に働いているのに、なんでこんなプラスアルファが必要なんだ!」「我々が個別に対応できていないということか!」というところでしょうか。実際港区の場合には,「塾の先生に任せるくらいなら自分達でやる」と言い出した学校もあるようです。
○さいたま市に『ドテラ』は必要か
さいたま市では、平成19年度に実施された全国学力・学習状況調査の結果について概要を公表しています(個別の学校ごとのデータではありません)。
|
単位% |
さいたま市 正答率 |
埼玉県 正答率 |
全国 正答率 |
小学 6年生 |
国語A |
83.9 |
82.2 |
81.7 |
国語B |
68.0 |
64.0 |
62.0 |
|
算数A |
83.7 |
82.1 |
82.1 |
|
算数B |
67.1 |
63.6 |
63.6 |
|
中学 3年生 |
国語A |
83.8 |
81.6 |
81.6 |
国語B |
77.0 |
72.0 |
72.0 |
|
数学A |
75.6 |
70.6 |
71.9 |
|
数学B |
65.3 |
60.0 |
60.6 |
この教科区分別正答率を見る限り、「さいたま市の子どもたちの学力が低い」とは言い切れないので、これが『ドテラ』を始めなければならない理由にはなりにくいのが現状です。さいたま市でも中学受験率が年々高まっていることは事実ですが、港区や杉並区のように「学校側が危機感を持つ段階」までは至っていないでしょう。私は「人間は、よくわからないときはとりあえず反対するものだ」という前提ですから、「積極的に実施しなければならない理由が見当たらないから『ドテラ』に反対する」人々が多く存在するのは当然のことだろうと考えています。
もしも市長が「公約どおり『ドテラ』を実施する」というのであれば、まずは明確な理由を示す必要があるのではないでしょうか。(続く)
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