トップページ ≫ 教育クリエイター 秋田洋和論集 ≫ 「もしドラ」の岩崎夏海さんが講演会
教育クリエイター 秋田洋和論集
「なぜ今ドラッカーが求められるのか」
昨年12月の刊行以来100万部を突破した人気小説「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(以下「もしドラ」)の著者、岩崎夏海さんが、26日、大宮ソニックシティで講演会を行った。第20回埼玉県産業教育フェアの特別講演会として開催されたものだ。
講演会のタイトルは、「なぜ今ドラッカーが求められるのか」。「もしドラ」は、マネジメントの発明者として知られるドラッカーの『マネジメント』を足がかりに弱小チームを甲子園出場を目標に立て直していく女子マネージャーの奮闘を描いた青春小説だ。
岩崎さんは、ドラッカーの生い立ちから話し始める。1909年にウィーンで生まれたドラッカーは、ドイツに留学する。経済学の研究をしながらジャーナリストとしても活躍したドラッカーは、1929年の世界大恐慌を目の当たりにして失業者について分析を始める。米フォードが開発した大量生産システムは熟練工を必要としないから少ない人手でも問題がない。健康で能力もあるのに職がないという大量失業時代の到来だ。失職者は社会保障制度で生活が保たれても、心が破壊され、人間性を喪失する。生きがいを失ってしまう。当然、家族も同時に暗くなる。人間には自分が求められる場所というものが必要なのだ。以降、「失業者を減らすにはどうすればいいか」が、ドラッカーのテーマとなっていく。
1930年代のドイツではナチスが台頭する。第一次大戦で負け国民の窮乏が激しいドイツでは失業者も多かった。ナチスのとった政策は、職場と党内では地位を逆転させるシステムだ。失業者など社会的弱者にナチス党員という立場を与えることで、ドイツ全体が活気づき支持率98%と国全体がナチス化していく。ある意味、社会的弱者に生きがいを与えた。ところが、ナチスの経済システムは滅茶苦茶。他国へ侵略して富を強奪することで経済を回転させるというもので、永続するはずがない。経済至上主義の限界がナチスの台頭を呼び込んだと考えたドラッカーは、『経済人の終わり』を著し、新しい経済社会モデルの必要性を訴えた。
ドイツを脱出しイギリスに渡ったドラッカーはやがてアメリカにたどり着く。そこで、目にしたのは株式会社の勃興だった。従来とは異なって、会社の所有者と経営者が分離した形で、19世紀以前にはありえない形態だ。会社の所有者ではない経営者の正当性を示すために、ドラッカーは経営者の責任は①企業に固有の使命を果たす②人を生かす③社会への貢献、の3つにあると考えた。1930年代、アメリカ経済は驚くべき回復を遂げ、ドラッカーは新しい社会システムのモデルを予感する。
1943年、ドラッカーは世界最大の自動車会社GMから、その経営を研究して書籍を書くように依頼される。太平洋戦争真っ最中のGMは、国から兵器の製造を依頼されるが、皮肉なことに働き盛りの社員は兵役にとられてオーダーに応えることはとてもできない。
このとき、ある副社長が主張したのは、まちにあふれる失業中の黒人娼婦を雇用して乗り切ろうというものだ。彼女たちの客である黒人男性はみな兵役に取られ、彼女たちはホームレスも同然だったのだ。識字率も低く根強い偏見の中、当然、反対も多かったが、副社長は押し通す。
字が読めない彼女たちのために作業工程を分解した写真を工場内に貼るなど、職場環境を変えて黒人娼婦でも働けるような環境作りを行った。結果、納期通りにオーダーに応えることができたことに加え、浮浪者同然の黒人娼婦達が仕事にやりがいを見出し、「社会の役に立った」と涙を流して喜んだ。
黒人娼婦にも生きがいを与えたのは、まぎれもなくマネジメントの力だ。ナチスとは対極の形で、社会的に居場所のない人たちにも生きがいを与えるシステムがある。こうしてマネジメントの必要性を知り、研究に取り組んだドラッカーは1970年代に不朽の名書「マネジメント」を出版する。
月日が経つうちに「マネジメント」の理念を置き去りにして、そのテクニックのみを取り入れた企業が増えた結果として、皮肉なことにリーマンショックが起こり、GMも破綻した。日本でも派遣切りや大量解雇が社会問題となっている。
そんな2010年のいま、「もしドラ」が多くの読者の心に響いたのは決して偶然ではない、と岩崎さんは言う。今の日本では、人々の居場所がないということが社会不安を招いていると岩崎さんは考える。一人一人の力が状況を変える。他社を生かすという発想こそが求められるのだ。
講演会に続いて、岩崎さんと高校生たちとの間で行われた交流会では、作品についての質疑応答がなされ、最後に岩崎さんが「一緒になって居場所をつくっていこう。そうすれば日本は良い社会になる」と呼びかけた。
バックナンバー
新着ニュース
- エルメスの跡地はグッチ(2024年11月20日)
- 第31回さいたま太鼓エキスパート2024(2024年11月03日)
- 突然の閉店に驚きの声 スイートバジル(2024年11月19日)
- すぐに遂落した玉木さんの質(2024年11月14日)
特別企画PR