トップページ ≫ 教育クリエイター 秋田洋和論集 ≫ 埼玉の中学・高校に求めるもの(2)「21世紀を生き抜くリーダーの養成」
教育クリエイター 秋田洋和論集
埼玉の中学や高校には「現代社会が求めるスキルの育成」が必要であると,(1)で述べました。
正直申し上げて,今の日本の学校には「21世紀の日本を支える人材を育てる」という危機感が感じられません。その一例として,「公立高校の予備校化が急激に進んでいる」ことが挙げられます。これは全国的な傾向であり,埼玉においても最近報道されるようになってきました。
生徒確保のために進学実績を向上させようとする考えはわかります。しかしながら,その結果として公立と私立の違いが薄くなってしまう弊害が生じます。高校の役割は,公立・私立を問わず「高学歴エリート育成」であるべきでしょうか。埼玉は「右にならえ」で東京をはじめとする他の自治体を真似していればよいのでしょうか。
皆さんは,高校が育成するべき人材についてどのようにお考えですか。私は,埼玉の公立高校には学力+「将来のリーダー育成」のビジョンを強く持って欲しいと思っています。20年後,30年後の日本を「埼玉の子どもたち」が中心となって背負っていく,といった強いメッセージと独自の方向性を打ち出すべきだと思っています。
●埼玉で進む「公立高校の予備校化」
4月のことですが,埼玉県の公立高校の中から「進学重点校」として11校が指定されたとの報道がありました。埼玉県内の高校は,難関大合格に必要なセンター試験での高得点者の割合が47都道府県で最下位に近い状況にあるとされています。そのため県では,県内高校生の学力低下には「指導する側」の問題も大きいと考え,学力向上対策に乗り出しました。
選ばれた11校では,授業改善や補習授業に取り組むことはもちろん,授業の相互見学や、進学補習・合宿の合同開催なども行うそうです。 また,県立高生全体の学力底上げに向け,東京大学と連携し,新教材の開発などに取り組むことも始めるそうです。東京大学には国語・数学・英語3教科について,生徒の学習意欲を引き出す「埼玉版教材」作成協力や,授業改善の先頭に立てる教員を養成するプログラムの開発を依頼するようです。さらに,今回進学重点校に指定された浦和西高校では,難関大志望の生徒を集めて「浦西難関大倶楽部(参加生徒は新2・3年生の86人)」を発足させたそうです。主な内容は,
・ 校内の自習室を午前7時半から午後7時半まで開放し、年2000時間を目標に自習にあたらせる。
・ 教員が時間数をチェックし,不十分な生徒は退会させる。
・ 大手予備校からの講師派遣も行い,難関大に合格する勉強のポイントなどを指導してもらう。
となっています。これを見る限り,私のイメージする(かつての)公立高校とはかけ離れた,私立高校と変わらないサービスぶりです。これが成功すれば他校にも波及していくことでしょうが,これでは(1)で紹介したような,「現代社会が求めるスキルの育成」は無理そうですね。
●「エリート育成」VS「リーダー育成」
公立高校における「進学重点校」制度は,東京都が初めて導入したものです。全国的にも有名な日比谷高校が,平成5年度に東大合格者が1名になってしまうほど凋落してしまったことを受けて,平成13年からスタートしました。高校入試において公立でありながら「独自の入試問題」で選抜を行うことを始めたのも東京都,そして日比谷高校が最初です。日比谷高校では,今春の東大合格者が37人まで増えており,大学合格実績をきっかけに公立高校の復権を実現するための最前線を走っているのです。
日比谷高校の前校長(平成13年当時の校長)は,新聞のインタビューに対して,
・ 「東大に何人」の話題は日比谷の宿命と感じた
・ 着実に進学実績をあげることが生徒の期待に応えること
と答えています。もちろん日比谷高校の古き良き伝統は守られているとは思いますが,学校が抱いた危機感の大きさがうかがえる「覚悟のある」発言だと思います。
それに対して,東大合格者数が毎年1位となる私立開成中学・高校の校長は,学校での教育を例にあげながら「リーダー力をどう育てるか」という講演を,最近されています。
校長は,教育の目標を「本人の固有の資質を十分に引き出すことで,それが本人の幸せにつながる。その資質を発揮することで,世の中に寄与するようになってもらうこと」と語っており,大学合格実績にこだわる公立高校とは,発するメッセージの質において一線を画す姿勢を見せています。
世間的には「開成=ガリ勉」というイメージもありますから,皆様から見ると「ちょっと意外」という感じがしませんか。また,生徒たちに対しては,
・ 何事においても,人のせいにしない自分になれたかどうか,自問しなさい
・ 周りの人と比較するのではなく,人よりはるかに突き抜けなさい
・ いい成績をとったということは,根源的にはあまり意味がない。いかに多くの準備をしたかが大事
ということを声かけ,指導されているそうです。そして,保護者の方々に対しては,
・「将来に関係ないからやめなさい」というフィルターをかけるのは,その子を大きくすることにはならない
と発言されているそうです。
私は,この保護者に向けた発言こそ,「エリート育成」と「リーダー育成」の違いをハッキリと表わしているものだと強く思います。(1)でも書きましたが,これからの日本に求められる人材は「リーダー」です。高学歴のエリートを養成する従来の教育からはリーダーは生まれにくいですが,リーダーを養成する教育は,結果としてエリートを生む可能性があります。
埼玉の公立高校には,どちらかといえば日比谷高校の後追いをするよりは,開成の校長が実践されていることを徹底的に教育してほしいと思います。もちろん学力向上(大学合格実績の向上)は必要ですし,目標としては明確で教員のモチベーションアップには有効ですが,今の動きは他の自治体どころか「私学の後追い」でしかありません。
一般に受験校選びでは「合格実績」「設備」「制服」といった,わかりやすい部分に目がいきがちですが,あと数年のうちに,その基準の中に「人材育成ビジョン」が入ってくるはずです。
「30年後の日本は『埼玉の子どもたち』が支えます」
このフレーズ,どうですか。埼玉の高校は,公立・私立を問わずこの部分については,一歩二歩も他の自治体の前を歩いて欲しいと思います。
~秋田洋和~
教育クリエイター。
塾・予備校の新規事業プロデュースや私立中学の教務コンサル,教育最新情報の発信など多方面で活躍
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