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外交評論家 加瀬英明 論集
今でも、宴会が終わるときには、「これでお開きにさせていただきます」という。
誰もが宴会が終わったことが、分かる。
だが、本来、開くといえば、開始するというように、始めることを意味しているのに、私たちは不吉なことを嫌うために、縁起を担いで、「終わる」というのを避けて、「お開き」と言い替えるのだ。
先の大戦に敗れたときに、敗戦を終戦、占領軍を進駐軍と言い替えたのも、このように験を担ぐ、昔からの生活文化からでたものだった。戦時中に退却を転進、全滅を玉砕といったのも、そうだった。
海外へ出かけるときに、日本航空や全日空の客となると、パーサーや、スチュワーデスがやってきて、「加瀬様」と呼ばれる。そのたびに、いいえないような不安感を味わわされる。いったい、外国人が経営しているのかと訝る。
平安時代以前の昔から、相手の名前を呼ぶことは、不吉なことだとされてきた。そのために、今日でも相手の名を口にすることを忌んで、社長、常務、課長とか、支店長代理と呼ぶものだ。機内乗務員はお客様といってほしい。
遊郭として栄えた吉原は、もとは埋め立て地だった。もとは葦原と呼ばれたが、葦が「悪し」に通じるので、験を担いで吉原に改められた。売春窟に吉の字を冠したのだった。敗戦が終戦になったのと、同じ発想だった。
大阪は明治に入るまで、大坂だった。天皇様が京都をあとにされて、江戸へ御動座されると、大坂がさびれたために、下り坂を連想させたので、大阪と改名した。
私たちは二十一世紀に入ったというのに、験によって束縛されている。
いったい、日本国憲法は平和憲法なのだろうか?第九条があるかぎり、国を守れないから、日本をアメリカの属州にする憲法なのではないのか。日中友好というのは、一方的な片想いにすぎないのではないだろうか?専守防衛といっても、万一、相手から攻められたとして、相手の国土を攻撃しないで、防衛戦争をたたかえるものだろうか?
私たちが略して「国連」と呼んでいる国際連合は、敗戦を終戦と擦り替えたのと同じ偽語である。正式名称は「ジ・ユナイテッド・ネーションズ」であるから、「連合国」が正しい。ルーズベルト大統領が開戦の翌年の昭和十七(一九四二)年一月一日に、ワシントンに日本と戦っている諸国の代表を集めて、「今後、われらの同盟をジ・ユナイテッド・ネーションズと呼ぼう」と提案して、承認されたものである。
ジ・ユナイテッド・ネーションズはわが軍が沖縄に来攻したアメリカ軍に対して勇戦していた、昭和二十年(一九四五)年四月に始まったサンフランシスコ会議において、六月に創設された。五十二ヵ国によって創設されたが、ドイツは五月に降伏していたから、日本に対して戦っていることが、加盟国の資格とされた。
日本政府も、新聞も昭和二十年十一月までは、ジ・ユナイテッド・ネーションズを正しく「連合国」と訳していた。今日でも、外務省による「国連憲章」の正訳は、「われら連合国の人民は……」という言葉から始まっている。原文は「ウィ・ザ・ピープル・オブ・ジ・ユナイテッド・ネーションズ……」である。
ところが、敗戦直後に小賢しい小役人が、「連合国」では屈辱的なので、戦前の国際連盟をもじって、訳語を「国際連合」に改めた。敗戦を終戦に擦り替えたのと、同じことである。
日本が国連と誤訳したジ・ユナイテッド・ネーションズの公用語は、英語の他に、ロシア語、フランス語、中国語、スペイン語、アラビア語の五ヵ国語がある。同じ漢字国の中国ではジ・ユナイテッド・ネーションズを、「連合国」と正しく呼んでいる。
日本と同盟して戦って、敗れたドイツとイタリアも、それぞれ戦時中の連合国と同じ呼称であるdie Vereinte NationeとLa Nationi Uniteを用いている。韓国、朝鮮も正しく「連合国」と呼んでいる。
ドイツ国民も、イタリア国民も、敗戦を終戦、占領軍を進駐軍と言い替えなかった。
昭和二十年三月に東京を空襲して、一晩で十万人以上の市民を虐殺し、八月に広島、長崎に原爆を投下したのは、連合国―ジ・ユナイテッド・ネーションズ、あるいは今日、日本で定着している呼称を用いれば、国連の空軍であった。
そのジ・ユナイテッド・ネーションズを「平和の殿堂」として、崇めている日本人が少なくない。そういった人々は悪し原を「吉原」と呼び替えて、売春を称えて謳歌しているようなものだから、猥雑なことである。
もし、ジ・ユナイテッド・ネーションズを正しく「連合国」と訳していたら、誰が巨額の血税を投入して、国連大学―連合国大学を東京に誘致したことだったろうか。日本全国の各地に国連協会があって、善男善女が奉仕しているが、連合国協会だったらそうはゆくまい。
日本国民は現実から目をそむけて、言葉を景気づけに乱発することを好んできた。
先の大戦でも、「無敵海軍」、「無敵陸軍」、「神州不滅」とか、「天佑神助ヲ信ジテ全軍突撃セヨ」といった。「平和都市宣言」とか、「平和憲法」という言葉は、その延長であろう。
スペインは海軍を無敵艦隊と称したが、一五八八年にイギリス海峡で壊滅した。
毎年年末になると、その年をよくあらわした漢字が選ばれるが、二00七年はミートホープ社などによる食品偽装問題が囃し立てられたことから、「偽」だった。
偽りの言葉が横行しているのは、現実より願望を重んじる生活文化に根ざしていようが、国際社会という荒海を乗り切ってゆくためには、現実を直視しなければなるまい。
紙数がなくなったから、この稿はお開きにしよう。(自由20年8月号より)
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