江戸時代の日本は、庶民のなかから数多くの学者が出現した。

石田梅岩がその１人である。梅岩は町人の勃興期に生きたが、卓越した町人学者となった。

梅岩は元禄時代の貞享2（1685）年に、現在の京都府亀岡市にあった寒村の農家の次男として生まれた。本名を勘平といった。父は息子を厳しく教育した。

梅岩は11歳の時に家計を助けるために、京都の商家に丁稚として、働きにでた。丁稚は商人や、職人の家に住み込み、年季奉公をして、雑務をした少年である。

15歳で郷里に戻ったが、23歳から京都の別の商家に住み込んで、奉公した。梅岩は忙しい務めのなかで、「人の人たる道」を究めようとして、まったく独学によって、新道や、仏教や、儒教を学んだ。

梅岩は商人の道を、研究した。43歳で奉公を辞めると、志をたてて、京都の市内に借りた住居を使って、席銭を取らずに、誰でも自由に、無料で聴講できる講席を開いて、自説を説いた。

後に商人の哲学である「石田心学」として知られた、私塾の始まりだった。はじめは訪れてくる者が、少なかった。やがて高い評価を得るようになり、400人以上の門人が集まった。

それまで日本では、商業は卑賤な生業であるとみなされていた。ところが、梅岩は士農工商に通じる道があると信じて、農工商も士と同じように、尊い仕事をしていると考えた。

梅岩は「四民のうち、工商も天下の治を助けている」「士の道をいえば農工商に適ひ、農工商の道をいえば士に適ふ」と、説いた。

武士も、農民も、職人も、商人も、それぞれの職域を通じて、同じように社会の役に立っているという説は、当時ではきわめて斬新なものだった。

梅岩は『都(と)鄙(ひ)問答』『斉家論』『莫妄想』の３冊の著作を、世に問うている。梅岩の著書は江戸時代を通じて、繰り返し再販された。主著である『都(と)鄙(ひ)問答』は、延享元（1744）年に京都で出版された。この本は問答形式をとっている。

「商人の買利は士の禄に同じ、買利なくば、士の禄無して事(つかえ)るが如し」という言葉には、庶民の誇りがたぎっている。梅岩は商人が儲けるのは、武士が俸給を貰っているのと、変わりがないと、主張した。

儲けることは卑しいと見られ、農工商の身分制度の最下位に置かれていた商人だが、その買利行為こそ、武士の俸禄と変わらないとしたのである。いかにも画期的な見解だった。

「商人の道といふとも、何ぞ士農工の道に替わることあらんや。（略）士農工商ともに天の一物なり。天に二つの道あらんや」

「或商人問いて曰く、売買は常に我が身の所作としながら、商人の道にかなう所の意味何とも心得がたし。如何なる所を主として、売買渡世を致し然るべく候や。

答。商人の其の始めと云(いは)ば、古(いにしえ)は、其の余りあるものを以ってその足らざるものに易て、互いに通用するを以って本とするとかや。

商人は勘定委しくして、今日の渡世を致す者なれば、一銭軽しと云うべきに非ず。是を重ねて富をなすは商人の道なり」

商人は一方で余ったものを、片方の足りないところへ売って、補い合うことを、仕事とする。商人は細かい勘定ができることによって生きているから、一銭であっても粗末にしてはならない。

一銭一銭を積んでいって、富をつくり出し、質の高い商品を提供することが、商人の道だと、説いた。そして、富は社会のものであると、主張している。富が万人のものというのは、人が平等だと考えていたことを、示している。

（徳の国富論　第４章　売り手よし買い手よし社会よし）