トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 「和食は最新のジャポニスム」 外交評論家 加瀬英明
外交評論家 加瀬英明 論集
私は外国からの友人がくると、和食に案内することにしている。
私たちにとって当たり前のことになっているが、日本では四角や、長方形や、五角、六角形とか、紅葉や、 瓢箪(ひょうたん)や、富士山の形をした器など、さまざまな形の皿が使われている。
だが、世界のどこへ行っても、皿といえば、朝鮮半島、中国から、ヨーロッパまで、円形のものしかない。
私は「いつも不思議に思ってきましたが、あなたの国ではどうして、皿や、食器といえば、丸いか、楕円形のものしかないのでしょうか」と、たずねる。すると、たずねられたほうが、きょとんとして、驚くものだ.
日本料理は味もさることながら、まず目で堪能する。素材の色や、形の組み合わせに配慮して、しつけられている。
夏目漱石の『草枕』の主人公は画家だが、こういわせている。
「一体西洋の食物で色のいいものは1つもない。あればサラドと赤大根位なものだ。滋養の点からいったらどうか知らんが、画家からみると頗る発達せん料理である。そこへ行くと日本の献立は、吸物でも、口取でも、刺身でも物奇麗に出来る。会席膳を前へ置いて、一箸も着けずに、眺めたまま帰っても、目の保養からいえば、御茶屋へ上がった甲斐は充分ある」
漱石は豊かなユーモアの持ち主だった。江戸期の日本人はゆとりがあったから、ユーモアに溢れていた。漱石にはあの時代の諧謔(かいぎゃく)精神があった。口取は本料理の前にだす、突き出しの肴である。
手軽な駅弁をとっても、寿司屋に土産の折詰をつくらせても、食物の配列が美的に演出されている。これほど見た目を大切にしている料理は、世界に他にない。
西洋料理や、中国料理や、韓国料理にはそれぞれそれなりに深い味わいがあるが、見たところを配慮することがない。もっとも、韓国料理の九折板のような例外もある。九折板は細切りの人参や、椎茸などの9品目が、漆器のなかに鮮やかにあしらわれている。
外国人のなかに、「変形の皿は、洗うのに手間暇がかかるからだろう」と答える者がいる。だが、ヨーロッパでも、アメリカでも、飛びきり高価な皿を使うことがある。私はあるフランス料理店で美しい皿を使っていたので、たずねたところ、1枚が数万円もするといった。このような皿になれば、慎重に洗おう。私だって、そうする。
この30年ほど、本場のフランス料理も日本の影響を受けて、少量の凝った料理を、美しく盛り付けて、5、6品コースにして供するようになった。「新料理(ヌーボークジン)」と呼ばれるが、日本の会席料理を真似したものだ。四角形や、変形の皿も使われるようになっている。
ヌーボークジンは、日本が西洋に影響を及ぼした、もっとも新しいジャポニスムである。
ジャポニスムはフランス語であるが、19世紀後半から20世紀初頭にかけて印象派を中心として、ヨーロッパの絵画をはじめとする美術界に与えた、深奥な影響を指している。ルノワール、ピサロ、ロートレック、ドガ、モネ、ゴッホ、ゴーギャン、ムンクと思いつくままにあげていっても、多くの画家を魅了した。
これらの作品のなかには、今日だったら盗作として誹られようが、浮世絵の構図をそのまま借用したものが多い。数年前にフランクフルトから、車で1時間ほどかかるイングルハイムという小さな寒村の美術館で、ジャポニスム展が催されたのを観にいったことがあった。
ロートレックや、ドガや、ゴッホをはじめとする作品と並べて、作家がそれぞれ手本とした浮世絵が組み合わされて、展示されていた。
世界中の美術館から借り出してきたものだったが、私はこのような展覧会を企画して、実現した村民に脱帽した。どうして日本の美術館が同じような企画を、もっと頻繁に行わないのだろうかと、思った。
海外で食事に招かれて、ヌーボークジンを振舞われると、ほっとする。それでも皿が大きすぎるのがじつに不様だし、ナイフや、フォークや、大きなスプーンが、不細工な工具を連想させるので、閉口する。
もっとも、ほとんどの西洋人は何世紀にもわたって、工具のような洋食器を使ってきたから、手先が不器用である。たまに、1センチ四方の本をつくるような器用さがみられても、おおかたの西洋人は英語で「バターフィンガーズ」(バターでつくった指)というように、手先を使って細かい作業をすることができない。
(徳の国富論 第5章 美意識が生き方の規範をつくった )
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