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外交評論家 加瀬英明 論集
さて、イギリスのチャールズ皇太子は、歴代のイギリス皇太子に伝わる金の指輪―シグネットリングをはめている。時代物の洋画で、王侯貴族が手紙を出すときに封筒に蝋を垂らし、紋章がついた指輪で押して閉じるのが、シグネットリングである。
チャールズ皇太子のこの指輪にはドイツ語で、Ich Diene―「私は奉仕する(イッヒ・ディーネ)」というモットーが刻まれている。なぜ、ドイツ語が刻まれた指輪をしているのかといえば、イギリス王家はもともとイギリスではなく、ドイツから発した王家だからである。
イギリス王家は1714年までスチュワート家と呼ばれていたが、後継ぎが絶えた。そこで姻戚関係にあったハノーファー家の皇子ゲオルクをもらってロンドンに迎え、イギリス国王とした。そのときに、家名をハノーヴァーに改めた。ドイツ語ではvはfに発音するが、イギリスではvは「ヴ」と発音する。この時、ゲオルクは59歳だった。
昭和60年に日本で内閣制度百周年が祝われ、昭和天皇が首相官邸に行幸されたことがあった。内閣を英語で「キャビネット」というが、内閣制度はイギリスで生まれた。
『ブリタニカ大百貨事典』に、内閣制度が生まれた経緯が解説されている。ゲオルクはイギリスの国王となると、英語ではではジョージになるからジョージ一世を名乗ったが、59歳になっていたので、死ぬまで英語を話せなかった。
それまでのヨーロッパでは、どの国でも国王が閣議に出席して主宰した。国王が軍部、外務、大蔵などの大臣を集めて司った。
ジョージ一世は初めてのうちは閣議に出て、通訳を通じて何が討論されているかを聞いたが、すっかり退屈した。そのために、自分に代わる閣僚を任命して、筆頭の閣僚―プライム・ミニスターに任命した。英語で「プライム」は、第一という意味だ。このようにして、「総理大臣(プライム・ミニスター)」が誕生した。近代内閣制度はジョージ一世が英語ができなかったことから、生まれた。
それでも、どうしてイギリス皇太子が代々、ドイツ語のモットーも刻んだ指輪をしているのか。これはイギリスに限らないが、ヨーロッパのどの王室をとっても、国王は外国人だ。そこで、自分の国の国民の間に積極的にとけ込もうと、努力をしなければならない。「私は奉仕する」というモットーは、イギリス国民の間にとけ込む努力を行う、誓いの言葉なのだ。
(7章 神事と歌を継ぐ天皇)
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