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外交評論家 加瀬英明 論集
文章を生業にしていると、さまざまな依頼が舞い込んでくる。
晩酌を兼ねながら机に向かって想を練っていたら、妻が「電信柱もぼんやりと立っていると、犬が当ってくるのね」といって、励ましてくれた。
その時に私は、電信とか、電信柱という言葉も死語になってしまったのかと、訝った。妻とともに時代遅れになったのかという思いが頭を掠めて、焦った。
このあいだは、ある社団法人の機関紙から、好きな漢字を一字だけ選んで、八百字綴ってほしいという注文があった。
半歳でイギリスへ連れてゆかれて三歳で帰国した時に、英語のほうが得意だったためなのか、書道をたしなんだことがないせいなのか、正直にいって漢字を好まない。漢字を一字だけといわれると、英語のなかで好きな単語を一語だけあげるように求められたようなものだと、思った。
難しい表形文字しか持たなかった国は、支配階級が文字を独占して、文字を民衆にひろめることができなかったために、必然的に専制と腐敗をもたらした。愚民の国は、残酷な社会をつくる。漢字に毒がこもっている。
仕方なく漢字を一字だけ、選ぶことになった。そして、次の雑文をまとめた。《私は人が好きだ。人という漢字は人間が支えあうから生きられることを、表わしているという。そういえば、西洋においてアルファベットのAは、二人が凭れ合って握手している図を文字化したという俗説がある、
人は共同体なのだ。英語のコミュニティとコミュニケーションの語源のラテン語は、『コミュニカーレ』(分かち合う)である。昨今、親子の間でコミュニケーションがなくなったには、夢や、心を分かち合うことがなくなったからだ。
人という字のどっちが男で、どちらが女なのだろうか、私は長いほうがか弱い男性で、逞しい女性が支えていると思ってきた。わが夫婦関係が証している。
だが、人という字は簡単すぎて、蘊蓄をひけらかすことができない。漢字には深い意味が籠っているはずである。それにしてもと、ふと思いが飛び、自民党も公明党も、民主党も社会党も、どうして党と称しているのだろうかと、訝る。
党の本字は、【黨】であるが、村落で外に対して都合の悪い事を隠し合う仲間が、字義である。そのかぎりでは、どの党も同じ穴の狢だ。たった一つ正直なのは、党を名のっていることだろう。
編集部からのお達しだったが、もっと好きな漢字は何か思案を重ねた。いくつか候補があがった。誠、訥、憧、慎、性、貧である。
言葉が成ると、「誠」になる。饒舌な人は、信用出来ない。だいたい言葉は、エゴの主張と言い訳に使われるものだ。内に籠もって「訥」弁なのが良い。「憧れ」ると、心が童に戻る。
心が真なのが、「慎」だ。日本人の最大の特徴が、慎みである。そして、「性」といえば、優しい女性に憧れる。異性は心を生き生きとさせてくれる。そして、最後の「貧」は、かつての貨幣であった貝を分かち合う意味だ。
久しぶりに子供のころに返って、自分で阿弥陀籤をつくった。すると、【貧】が当選した。
貧しかったころには、私たちは心でも、何でも分かち合ったものだった。豊かさは人を獰猛に、貪欲につくりかえて、貨幣でも何でも独り占めにしようとする。
わが家では、妻と一匹の猫が、私が稼ぎだす小さな貝殻を分かち合って、毎日を幸せに送っている。小さなものや、目にみえないもの- 心を共有するほどの幸せはない。
いま神仏に願うとすれば、『神様仏様、人さまに私がいつまでも貧相に映りますように』と、祈っている。》
日本で高度経済成長が始まってから、戦前や、大戦中や、敗戦直後の映画を撮ろうとすると、いくら時代考証に力を入れてみても、肝心の日本人の人相が変わってしまったために、つくりものになってしまう。
ついこのあいだまで、日本人は落ち着いていたから、貧しい暮らしをしていても、良い顔をしていた。私自身、鏡を覗くたびに胸が痛むが、いまでは男女ともに全員が銅臭(金銭の悪臭)を発散するか華僑か、その夫人か、愛人のような顔になってしまった。
大航海の時代以後、西洋文明が世界を呑みこみ、植民地化の波がアジア・アフリカを襲うなかで、日本は独立を守りぬき、努力をかさねて西欧諸国と並ぶまでの地位を築きあげた。
他の諸国に類を見ぬ形で、明治以後の日本を発展させてきた力は、いったいどこから来たのか。じつは、貧しくとも分かち合う心を、すべての人々が持っていたという、「徳」から発していた。
この力は、鎖国という文化侵略を封じた時代に純粋培養され、国民性にまで高まり、江戸時代を通じて蓄積され熟成された。
徳こそが、天然資源がない日本にとっては、唯一の国の富となってきた。
徳こそが発展を支えた活力の源泉となってきたのである。
それなのに、いまやこの富が枯渇する寸前の状況陥っている。(9章 大切なものは目に見えない)
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