トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 大不況をバネに家庭の団らんと徳を再生しよう
外交評論家 加瀬英明 論集
二〇〇八年は、年末にかけて、職を奪われた失業者の暗いニュースがつづき、二〇〇九年の新春も、憂鬱な気分のなかで始まった。だが、1世紀に1回という経済の大不況は、それほど悪いことなのだろうか。
わが家の小さな庭では、椿が紅い花を開いている。しばらく待てば、梅の可憐な蕾が膨らんでこよう。人間の営みをよそにして、自然が循環する。自然はくよくよすることがない。泰然自若としている。
厳しい不況であれ、景気は時とともにかならず回復する。新しい生命を育む節目となる。
景気循環論といえば、若い世代の読者にとって、もはや馴染みのない名前だろうが、ニコライ・コンドラチェフという草創期のソ連において、もて囃された少壮の経済学者がいた。
コンドラチェフは一九二一年に二十九歳で、新生ソ連が打ち出した「ネップ」として知られた「新経済政策」を支えた理論家となった。
そして、資本主義経済が四十年から六十年の周期で、好不況の景気循環を繰り返すという学説を編み出した。コンドラチェフは景気循環論の始祖となって、一九二〇年代から三〇年代にかけて世界を風靡した。この景気循環説は「コンドラチェフの波」と呼ばれている。
しかし、スターリンがコンドラチェフの国内外の高い人気に嫉妬したために、一九三〇年に逮捕された。シベリアに流されたうえで、8年後に気の毒なことに銃殺された。
私は大学で経済を学んだが、ジョセフ・シュンぺーターの『景気循環の理論』や、一九七〇年代に入って、マルクス経済学者だったエルンスト・マンデルが「コンドラチェフの波」を拡大した『後期資本主義経済』を読んだ。私は今でも、景気が一定の周期をもって循環するという理論に、半信半疑でいる。
私たちは二〇〇八年の秋から、コンドラチェフの「高波」によって、翻弄されているのだろうか。たしかに好不況は周期的に循環するように、起こってきた。しかし私には、今回の様な世界規模の深刻な不況が、不可避なものであったとは思えない。
一部の専門家が今回の金融破綻によって、資本主義が行き詰まったと、説いている。私はそのような見方に、組しない。資本主義の長所といえば、創造するよりも、無駄になったものを破壊する能力を備えていることだと思う。
ソ連や毛沢東の中国が、経済的にも社会的にも活力を失って行きづまったのは、中央指令経済が、余剰になった企業や、産業を破壊する自浄能力を欠いたために、停滞を招いたからだった。
自由経済諸国では、つねに激しい競争が行なわれてきた。これまでも有能な企業家たちが、ニュービジネスを創出することによって、経済を発展させてきた。もちろん、企業家が人波でない努力をした成果であることにちがいない。だが、企業家は多分に運に恵まれて、成功を手にしている。発展の原動力として、競争原理ばかりをもてはやすのは、正しくない。それよりも、自由経済至上主義が、建設的に破壊する、素晴らしい力を持っていることを、評価したい。
このような不況は、解毒剤―カタルシスとして働くだろう。
二〇〇八年から始まった世界不況は、明るい面をみれば、不要なものを削ぎ落とす、創造的な役割を果たすこととなるだろう、新しい活力に溢れた世界を生む、跳躍台となるものと思う。私たちはこのような時にこそ、いたずらに不況を託って押し流されることなく、未来へ向けた新しい展望を描かねばならない。悲観論ばかりを唱えて、跛行してはなるまい。
しかしながら、今回のアメリカに端を発した金融危機を、経済的な危機として捉えるだけでは、再生につながらない。
今回の世界不況は、実態経済を無視してつくりだされた、鬼っ子のような金融商品だった“サブ・プライムローン”が、引き金を引いた。節度を欠いた欲望が爆走したことによって、破局がもたらされた。
経済がもたらした危機というより、人の生き方による文化的な要因によってつくりだされた危機だった。
今回の大不況がこのような文化を見直すことを促すきっかけとなるとすれば、不況を大いに歓迎したい。
最近のテレビの報道番組によれば、外食産業の売り上げが落ちた反面、家庭で食事することが見直されて、白物と呼ばれる大型冷蔵庫や、炊飯器などの売り上げが大きく伸びているという。今回の不況がもたらした、カタルシスである。
収入が減ったり、売り上げが落ちることには、よい面もある。生活面での贅肉を落とし、必要なものを洗い出して、真っ当な暮らしを取り戻すことができる。家で食事をする回数が増えれば、家庭の温もりを呼び戻すことができよう。自分だけの楽しみのために、時間であれ、金であれ何であれ使い捨ててきたが、人と分かち合えば、喜びは二倍になる、家庭の団欒こそは、人が生気をとりもどす場となる。
質実とか、検約、謙虚、我慢、和といった美徳は、しばらく放置されたままだった。だが、このような伝統的な徳目は、先人たちが必要に迫られて生みだしてきたものである。
十一章 農業を再興し、食糧自給率を高めよう
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