うわさの噂
まちで耳にした噂話、内緒話をこっそりお届け
「芥川賞が何だって言うんだい!あんな花火だか狐火だか知らねぇ小説が芥川賞だなんて聞いてあきれらぁ」行き着けの飲み屋で、昔、小説家を目指していたWさんは嘆くことしきり。食べ物と同じで小説の良し悪しなんてそう安易に決め難い。そういえば、かの太宰治も芥川賞の選考委員に「どうか私の小説を推薦して下さい」という主旨の手紙を送っていたことが最近わかってきた。確かに賞に恵まれなくても秀作は世にたくさん溢れている。「あの向田邦子なんて作家は、事故で死んじゃったけどなぁ。あいつの文章はこの酒のように、俺の心のひだに浸み込んできたもんだ」とWさんらしい表現で言っていた。向田さんは50代に入ったばかりで不慮の事故で亡くなったが、人間の心理を深くついていたものが多かった。晩秋の酒場で、何故か森繁久弥が浮かんできて、「花ひらき、花香る、花こぼれ、なお薫る」とつぶやきはじめていた。しかし、これは幻聴で、向田邦子の墓碑に森繁が刻んだ言葉だ。それほど向田さんの文章は味があった。いつの間にかWさんの姿は酒場から消えていた。
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