トップページ ≫ 社会 ≫ 教育 ≫ 「被災地の中学生」がいま直面している課題
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「ここに通う中学生のおよそ半分はいまだ仮設住宅に住んでいて,4分の1が借り上げのアパートなどに住んでいます。家を建て直すなどした家庭はまだまだ少ないですね」
ここは福島県南相馬市。この市のとある中学校を訪ねた私を出迎えてくれた校長先生の第一声に,私は頷くことしかできませんでした。
震災から間もなく丸5年が経過しようとしている年末のある日,私はこの中学校で授業を行うために南相馬市に入りました。
この写真を見ていただければおわかりの通り,出向いた中学校はいまだ仮設のプレハブ校舎です。首都圏では震災の記憶が風化しつつあるようにも感じられますが,この地の中学生たちはいまだ仮設の校舎で勉強を続けざるを得ない状況なのです。現高1,現中3の世代は,中学3年間をすべてこのプレハブ校舎で過ごしているので,この仮説校舎が撤去されると彼らの「学び舎」も自動的に消滅してしまうことになります。
子どもたちにとっての「5年」という月日は,大人に比べて本当に重い意味があります。現在15歳の子どもにとっては「人生の3分の1」に該当します。もう少しわかりやすく言うならば,被災時「中学校卒業目前」だった子どもたちは成人式を迎えます。被災時小学校1年生だった子どもたちは,いよいよ小学校を卒業することになります。首都圏に比べてゆっくりと時が流れているようにも感じられるこの地での「5年」には,私には想像もできないような苦労や我慢があったことでしょう。
しかしながら,今回の訪問に際して私は「同情はしない」と決めていました。この子どもたちが5年後・10年後にこの地を離れて進学や就職をしようとするときには,その瞬間のスキルのみで評価されることがわかっているからです。それまで育った背景や苦労を同情してもらえることはおそらくないでしょう。これまでの5年間とここからの5年間は「過ごし方の意味を変えなければならない」ことを伝えることが使命なのだろうと,今回の訪問に自分なりの意図を付加していたのです。
事実,中学1年生の前に立った私が戸惑うまでそれほど多くの時間は必要としませんでした。テーマは中1数学「比例反比例の応用」でしたが,小学校時代に身につけておくべき基本事項の抜け具合が私の予想をはるかに超えていたからです。この子たちが被災したのは「小学2年生の学年末」ですから,小3から小6までの4年間にわたって「勉強は二の次」という生活を送ってきています。特に算数が苦手となるきっかけとなる「小4・小5の学習」にじっくり時間を取れていないことが,算数が数学に変わった後の中学校の勉強においても大きな影響を及ぼしていました。子どもたちの「数学に対する苦手意識」はすでに強固なものになっており,本人たちも指導する先生方も,何をどこから修正していけばよいのか見えていない状況なのです。
この状況を「誰かのせい」にしたところで何の意味もないことは皆さんも承知していることでしょう。小学2年で被災した子どもたちに対して,勉強よりも優先しなければならないことがたくさんあった小学校の先生方のご苦労は容易に想像ができますし,子どもたちの勉強時間を「未来への投資」と考えてみれば「未来より今をどう生きるか」が優先されることは当たり前です。しかしながら首都圏で中学受験をしようとする小学生であれば小3から本格的な勉強を開始する割合が高く,この4年間でついた「勉強時間」「知識量」の差は,気が遠くなるほど大きいものになっているのです。
だからこそ,中学校の先生方の使命は重いものになります。「これまでの5年間」と「これからの5年間」の時間の過ごし方が同じであってよいはずはありません。中学校の授業においては「中学範囲の勉強」に「小学校内容の復習」を加えた独自のカリキュラムを構築して他地域の子どもたちとの差を埋めていかなければなりません。全国一律のカリキュラムにあわせて無難に授業をこなすことでは足りないのです。
そして新しい「21世紀型のキャリアプラン」を提案していかなければなりません。 震災がなければ,おそらくこの地域の子どもたちはこの地に根付いてきた「20世紀型のキャリアプラン」に従って,多くがこの地に残って家業である農業や漁業を継いだことでしょう。
しかしながら実際には,この地で農業や漁業を続けることは難しいと言わざるを得ないようです。とするならば,この中学生たちは高校卒業を機に大学・就職でこの地を離れるしかありません。だからこそこれまでとは違う「21世紀型のキャリアプラン」を明確に定めて,これに従って彼らを教育していく必要があるのですが,「そんなに勉強しなくてもいいからこの地に残って家業を継げ」が当たり前であった保護者世代には,まったく教育の術がなくても当たり前なのです。そしてこの地で子どもたちの指導にあたる先生方も,現地で育って現地で教職に就いた方々ですから,何をどうすればいいのか見えていないのもやむを得ないとはいいながらも,ただ決められたカリキュラムに従って教科書の指導をこなすだけでは,他地域の子どもたちとの差を埋め・追い越すことは到底できません。
「皆さんは,この生徒たちの5年後・10年後をどのように想像しながら,日々接しておられますか」
私は授業終了後の意見交換会で,この学校の先生方にこのような問いかけをしました。地元復興の人材となることを想定しているのか,東京に出ていくことを想定するのか,それとも世界に飛び出していく人材に育てたいのか。先生方は教科ごとの方針は語ることはできても,予想通りその体幹となる部分はまだまだ見えていないようでした。このままでは,この地域の子どもたちは18歳あるいは22歳になったときに,この地で過ごした生活をハンディキャップに感じてしまうことでしょう。中学受験組との比較を持ちだすまでもなく,この子どもたちの「過去」に足りないものがあることを把握し補っていくことを,彼らに関わるすべての大人たちが意識しなければ間に合わなくなってしまいます。
だからこそ,中学生に対しては「夢や希望を持て」「あきらめるな」という語りかけではなく,より現実的なキャリアプランの提示が必要です。今の彼らに必要なのは「励まし」ではありません。彼らのおかれた厳しい状況を的確に指摘しながら課題を抽出し「未来を見せること」を最優先課題にしなければならないのです。これを理解して初めて,この地の中学生は「勉強する意味」を改めて理解するのかもしれません。現在の彼らにとって勉強とは「やらされるもの」でしかないように,私には見えました。
震災から丸5年。報道されることといえば原発関連に偏りがちですが,まだまだ復興にはほど遠いこの地で生きる子どもたちが,未来にわたって不利益を被り続けないで済むか否かがここからの5年でほぼ決まってしまうであろうことも,実は懸案事項なのです。
教育クリエイター 秋田洋和
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