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外交評論家 加瀬英明 論集
それでも、オバマ大統領の1期目は、ブッシュ前政権の対外戦略を、ほぼ踏襲したから、大きく躓くことがなかったが、2期目に入った2013年夏に、一変した。
オバマ大統領は、8月にシリアのアサド政権がダマスカス郊外で、市民に化学兵器を使用して、1400人あまりを殺害したことに対し「人道上許すことができない。アサド政権はレッドラインを越えた」と強く非難して、制裁攻撃を加えると発表した。レッドラインは、絶対に越えてはならない線を意味する。
アメリカ大統領は、憲法第2条によって付与された戦争権限によって、議会の承認を求めることなく、大統領が決定しさえすれば、外国に軍事攻撃を加えることができる。
シリア内戦はすでに2年がたっており、この時点で、死者が10万人を超えていた。現在(2014年10月)では、20万人を超えている。
アメリカは、それまでシリア内戦を傍観してきた。私は、アサド政権が仮に毒ガス兵器を使ったとしても、いったい、化学兵器によって千数百人が殺されるのと、10万人もの死者が発生するのを傍観してきたのと、どちらのほうが非人道的なのだろうか、訝った。
シリアにはイラクの西部を通って、サウジアラビアまでつながる砂漠がある。
私は地図を頭に浮かべながら、きっとシリアから遠く離れて、地中海に遊弋するアメリカの駆遂艦群から、ミサイルを十数発、砂漠に撃ち込んだうえで、気の毒なことに、十数頭かの駱駝が犠牲になろうが、「これで制裁攻撃が終わった」と宣言して、手を洗うことになるだろうと、思った。
ところが、オバマ大統領は逡巡した。シリアへの軍事介入を発表してから、どの世論調査を見ても、国外の紛争に介入することについて、強く反対していた。
そのために、オバマ大統領はすっかり怯んで、方針を変え、議会に承認を求めることにした。
ホワイトハウスが多数派工作を始めたものの、否決される見込みが高く、そうなれば大統領の権威に、大きな傷がつくことになってしまうので、立ち往生した。
そこを、こともあろうに、アメリカ国民が不信の眼を向けてきた、ロシアのプーチン大統領によって救われ、優柔不断なことを、露呈した。
プーチン大統領がシリアの化学兵器を国際管理下に置いて、廃棄させると提案したために、オバマ大統領は藁にもすがる思いで、受け入れた。
オバマ大統領の威信が、大きく傷ついた。アメリカのマスコミが、オバマ大統領に対して、いっせいに批判を浴びせかけた。
なかでも、有力なニュース週刊誌『タイム』が、「大統領はこれまで見たこともない、驚くべき、信じがたいほどの無能さを、さらけだした」(9月23日号)と、「信じがたいほどの無能さ」とまで、酷評した。
プーチン大統領がオバマ大統領を窮状から救ったのは、オバマ大統領に対して好意をいだいていたからでは、けっしてなかった。
シリアは中東における、ロシアの息がかかった唯一の国である。ロシアの高価な兵器の顧客であるとともに、シリアの地中海沿岸に、ロシアの艦艇が定期的に寄港する海軍基地がある。
オバマ大統領がシリアに、「限定的な制裁攻撃を加える」といったものの、これまでの例では、軍事介入すると、なしくずしに拡大していって、アサド政権が倒されてしまう可能性があった。
オバマ大統領は、9月10日に全米テレビ放送を行なったが、そのなかで二度にわたって、「アメリカは世界の警察官ではない」といって、弁明した。
これは、大統領として軽率で、不必要な失言だった。「もはや」といわなかったものの、多くの者がそのように受け取った。
その直後には、連邦債務上限を引きあげることをめぐって、議会が激しく対立したために、政府機関の一部が、一時、閉鎖された。
これは、オバマ大統領だけの責任ではなかった。しかし、オバマ大統領の与野党に対するリーダーシップが不足していたことを、露呈した。
10月に、オバマ大統領は、また、大きく躓いた。
2008年の大統領選挙を戦った時から、公約の大きな目玉として掲げてきた、国民皆医療保険制度改革である「オバマケア」の蓋を開けたところ、システムに欠陥が続出して、仕切り直しすることを強いられた。
そのために、オバマ大統領は「レイム・ダック」となったと、いわれた。
「レイム・ダック」を直訳すれば、鴨撃ちによって傷ついて、「動けなくなったアヒル」であるが、「実権を失った権力者」を意味する。
与党の民主党のリーダーも含めて、大多数のアメリカ国民が、オバマ大統領に対する信頼を失った。オバマ大統領の就任当時の魔法が、すっかり解けた。
そのために、アメリカの対外戦略の方向が定まらず、舵を失って、漂っているといわれた。
オバマ大統領が任期を終えるまで、リーダーシップを回復することは、きわめて難しいと、思われる。
アメリカはいつまで超大国でいられるか 第1章オバマ大統領の凋落
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