トップページ ≫ コラム ≫ 男の珈琲タイム ≫ 社会的偏差値を高めよう
コラム …男の珈琲タイム
受験シーズンがくるたびに、「学ぶ」とは何かを真剣に考えてきた。今も考えている。世は東西南北偏差値教育の乱舞だ。受験という青春の門をくぐらなければならないのだから、偏差値教育には首をかしげながらも我慢をしている。しかし何のために学ぶのか。
何のためにその学校を目指すのかをもっと深くほりさげる必要があるし、人生の目的とは何かもしっかりと考えなければならないと思う。
「若人よ荒野を目指せ」と叫びたい。日本を支えているのは中小零細企業なのだ。この荒野に秀れた若人を送りだすことこそ大事なことはない。
教育はしっかりとした土性骨をもった人間を創ることにある。青白い青年は要らない。人間力があっていつも挑戦し、いつも学ぶ人間を創ることだと信じている。学ぶとは学校教育のことではない。それは一部だ。生涯学ぶことだ。本来独学こそが学ぶことの本姿だ。そして社会的偏差値の高い人間が竹の子のように生まれでてくる社会は、将来がある社会というのだ。さあ、中高年よ、早速独学の準備にとりかかろうではないか。
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