トップページ ≫ 社会 ≫ 旧制浦和中学が舞台の熱血小説と『巨人の星』~その2
社会
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私は小学校時代に母に薦められて『あゝ玉杯に花うけて』を読んだ。難しい言葉があったが、漢字には振り仮名がついていたので苦労はしなかった。優秀なのに貧しさ故に進学できない主人公に同情したが、当時は私の周囲でも同じような境遇の人は少なくなかった。そして、数年前、浦和高校OB有志でこの小説の復刻本を読む会があり、私もつられて再読した。
あらためて全編にこめられた友情、勇気、正義といった熱いメッセージを感じたのだが、以前、これとよく似たトーンの物語に出合ったことがあると思った。それは1960年代後半から70年代にかけて『週刊少年マガジン』に連載され、少年たちを熱中させた漫画『巨人の星』(原作・梶原一騎 作画・川崎のぼる)である。ストーリーや人物設定がそっくりというわけではないが、伝わってくる熱気や感動に共通のものがあるのだ。『巨人の星』は最初、新書判で単行本化され、その後、判型を変えて何度も再刊行されている。私も編集担当として2度、再刊行に携わり、全巻に目を通していた。
40年の時間差がある2作品に何かつながりがあるのか。しかし、原作者の梶原も、彼と深くかかわった当時の編集長・内田勝もこの世にはいない。答えは内田が著した『奇の発想』(1988年 三五館)の中にあった。善玉対悪玉という図式ではなく、親と子、教師と教え子、少年と友達(恋人)、そんな普遍的なテーマを基調とした漫画を模索していた彼は、作者として梶原一騎に白羽の矢を立てた。さっそく宮原照夫副編集長を伴って梶原宅を訪問したが、色よい返事がもらえない。「自分は思いがけず漫画の原作なる仕事に手を染めるようになり、努力してきたことではあるが、漫画は自分のすべてを賭けるに足る仕事とは思っていない」というのだ。
何回めかの顔合わせの際、内田は編集長就任時に会社の図書館で読み耽った『少年倶楽部』に書いていた小説家の名がひらめいた。思わず「梶原さん、『マガジン』の佐藤紅緑になって下さい」と叫んでいた。一瞬の間をおき、「内田さん、わかった。自分がひそかに敬愛していた紅緑にあやかり、漫画を男一生の晴れ舞台と心得て、根の続く限りやらせてもらいます」と力強い答えが返ってきた。深酔いした中でとっさに飛び出した紅緑の名だったという。
さらに調べると、梶原自身も紅緑への思いを自伝の中で書いていることがわかった。『梶原一騎自伝 劇画一代』(2011年 小学館)によれば、高校2年で『少年画報』の懸賞小説に応募して当選したのがきっかけで投稿を始める。第2作は自分をモデルにした柔道小説で、原稿を持って少年画報社を訪ね、応対した編集者に「自分がかつて愛読した佐藤紅緑や山中峯太郎のような小説を書いていきたい」と話したという。
その頃、出版社の編集者だった父親が急死した。3人兄弟の長男なので、生活のためにせっせと投稿した。的中率もよかったが、出版社からは、小説ではなく絵物語のストーリー担当を勧められ、劇画作家の道を歩みだす。
この自伝の中には佐藤紅緑の名は随所に出てくる。自分が「第2の佐藤紅緑」を目指したこと。そして1950年代に『冒険王』に連載された大人気柔道漫画『イガグリくん』(福井英一)を高く評価しつつ、『あゝ玉杯に花うけて』と共通する友情、正義感を指摘する。
『週刊少年マガジン』の内田編集長たちの期待を背負って発表したのが『巨人の星』だ。元・プロ野球巨人軍選手だった父の特訓を受けた主人公・星飛雄馬が高校野球での大活躍を経て巨人軍に入団。球質が軽いという投手としての欠点を克服するために、心血を注いで魔球の開発に取り組む。高校時代からバッテリーを組む捕手の伴宙太、裕福な家庭に育った天才打者の花形満、貧困の中で努力を積み重ねてきた左門豊作など、仲間やライバルたちとの切磋琢磨、対決、友情のドラマが展開する。
梶原一騎は1983年、銀座のクラブで起こした編集者への暴力事件で逮捕され、人生が暗転。重い腎臓病にもなり、生死の境をさまよう。当時のことを書いた『懺悔録』(1998年 幻冬舎)では、独得のぶっきらぼうな表現ながら謙虚に反省している。病院で世話になった医師や看護婦への感謝の言葉にはホロリとさせられるほどだ。そして1987年に50歳で永眠した。波乱万丈の人生だったが、それは佐藤紅緑についても同様だ。娘の佐藤愛子の自伝的大河小説『血脈』には紅緑の知られざる実像が克明に描かれ、読む者をぐいぐい引きつける。
紅緑と一騎が少年たちに向けて発した熱いメッセージは、今の世でも通じる力を有しているはずだ。(文中敬称略) (おわり)
山田 洋
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