トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 世界に大惨禍を引き起こした地上のユートピア思想
外交評論家 加瀬英明 論集
十九世紀に、ニーチェが「神は死んだ」といって、神の存在を否定したことは、有名である。
啓蒙の時代が到来することによって、それまでは死後の世界においてしか、存在しなかった天国が、人の手によって、地上に引き降ろされた。西洋文明にはじめて現われた、地上のユートピア思想である。
“地上の天国”を実現しようとする、共産主義の全体主義運動が、その代表的なものだった。
ヒトラーのナチス運動も、アーリアン人種が世界を支配する、地上のユートピアをつくることを、目指したものだった。
フランス革命が、その先駆けとなったが、地上に天国をもたらそうとするユートピア思想は、キリスト教の流れを汲む、まさに新しい宗教だった。異端を許さない、一神教の新派だった。
これまで、ユートピア思想の祭壇に、夥しい人命が捧げられてきた。
全体主義が引き起こした革命や、戦争は、ヨーロッパ全土において、十六世紀なかばから十七世紀にかけて戦われた、血みどろの宗教戦争の再来だといえた。科学技術の助けをかりて、宗教戦争より、はるかに大量の血が、流された。
ナチス・ドイツは、ユダヤ民族だけをとっても、500万人から600万人の生命を、奪った。
共産政権がユートピア思想によって、自国民を虐殺した数は、レーニンからスターリンまでのソ連が2000万人、毛沢東の中国において7000万人、ベトナムが100万人、北朝鮮が200万人、カンボジアが200万人、東ヨーロッパ諸国が100万人、アフリカ各地において170万人、アフガニスタンにおいて150万人にのぼったと、推定されている。
日本でも進歩的な知識人が、なぜか、革命のおそろしさについて、口を固く閉ざしてきたが、共産革命がもたらした死者の総計は、第一次大戦と第二次大戦の二つの世界大戦争がもたらした、犠牲者の総数を、はるかに上回っている。
アメリカはそれにかわって、善意から発して、世界を支配しようとしている。
アメリカが世界をアメリカ化しようとしているのは、「啓蒙の時代」が生んだ、ユートピア思想の変型である。アメリカ自体が、地上のユートピアとして、建国された。
アメリカ国民は、世界をくまなくアメリカ化することが、人類の世界にわたる進歩であると、信じている。
このアメリカの使命感が、アメリカを除く、すべての国々の軍事支出を合わせたよりも、大きな国防費によって、支えられている。軍事力が世界に超越していることが、アメリカに傲りをもたらしている。
このような巨大な軍事支出が、アメリカの「グローバル・パワー・プロジェクション」(軍事力の世界にわたる展開)を、可能にしている。
アメリカが、オバマ政権のもとで国防費を大きく削減していっても、アメリカの軍事支出は際立って大きい。
アメリカは理想主義的な夢をみるとともに、功利的な国である。
かつて、西洋列強の帝国主義諸国も、異教徒の国々をキリスト教化しようという、崇高な大義に隠れて、世界中を掠奪したが、アメリカの「マニフェスト・デスティニー」も、通商によって富を獲得したいという、したたかな計算が働いてきた。
このアメリカに独特な、現実離れした理想主義は、アメリカが弱い国としか隣接することがなく、二つの大洋が広い外濠となって、守られてきたことによって、培養された。
ペリーが1853年に浦賀沖に投錨した時に、旗艦『サスケハナ』号の甲板に立って、陸地を眺め、「神がこの素晴らしい地(日本)を創造された。われらの試みが、これまで見離された人々(日本人)を、(キリスト教)文明へお導きくださるように」と、日記に記入した。ペリーにとっては、キリスト教文明だけが、真っ当な文明だったのだ。
それから92年後に、硫黄島で玉砕した海軍司令官の市丸利之助中将(戦死により特進)が、『ルーズベルトに与ふる書』のなかに、「貴下らはなにゆえに、こうまで貪欲なるか。われらは東洋のものを、東洋に返さんとしているだけだ」と、書いた。
この市丸中将の血染めの絶筆は、いま、メリーランド州のアナポリス博物館に、展示されている。
アメリカはいつまで超大国でいられるか 第3章お節介で不思議な国・アメリカ
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