トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 「イスラム国」は、なぜ生まれたか
外交評論家 加瀬英明 論集
それにしても、このわずか10年あまりのうちに、世界のありかたが、何と大きく変わってしまったことだろうか?
全世界がアメリカによって、振り回されている。
このことを理解するために、アメリカが中東の秩序を大きく壊してしまった10年間を、もう一度、振り返りたい。
アメリカのユートピア思想が暴走したことによって、いま、中東の枠組が壊されて、まったく「新しい中東」が、出現しつつある。
現在の中東の国境線は、巨大なオスマン・トルコ帝国が第一次世界大戦に敗れ、北アフリカまで支配していた広大な領土を失ったために、イギリス、フランスなどのヨーロッパ列強が分割したことによって、新しく引かれたものである。
それ以来の中東のありかたを壊したのは、ブッシュ(子)政権というよりも、アメリカのユートピア信仰によるものだった。
イスラム教の二大宗教であるスンニー派と、傍系のシーア派は、ともに相手を許すことができない背教徒だと見て、争っている。イスラム教と、キリスト教は、ユダヤ教から生まれた、同じ神を拝む一神教である。
かつてキリスト旧教と新教が、十六世紀から十七世紀にかけて、ヨーロッパ全土にわたって、血で血を洗う凄惨な宗教戦争を戦ったが、これから中東を舞台にして、同じような状況が、繰りひろげられることになるのだろうと、思う。
イランとサウジアラビアが、中東の二大宗派陣営の中心となって、シリア、イラクと、レバノンにおいて、代理兵を使って、死闘を繰りひろげている。
イランのシーア派の指導者であるアヤトラと、スンニー派の本山であるサウジアラビアのサウド王家との戦いだ。
イランは、中東最大のシーア派国家である。イランがシリアのアサド政権と、イラク、レバノンのシーア派の後楯となってきた。
アサド政権はシーア派の分派である、アラウィ派だ。
サウジアラビアが、やはりスンニー派である湾岸の王制諸国や、エジプトなどとともに、シリアでアサド政権と戦っている反対制派(スンニー派)の勢力に対して、資金や大量の兵器を供給してきた。
それに対して、レバノンのシーア派民兵の「ヒズボラ」がシリアに大挙して入って、政権側に与して戦っている。「ヒズボラ」は、アラビア語で「神の兵士」を意味しているが、スンニー派から見れば、「サタンの兵士」だ。
シリア内戦がイラクのなかに、拡がっている。アル・カイーダから派生したスンニー過激派がシリアを本拠として、イラクに勢力を拡げて、「イスラム国(ISIS)」を名乗るようになった。
イラクは、もともとシーア派が、国民の多数を占めている。
「イスラム国」はアル・カイーダの黒い旗を翻して、アメリカ軍がイラクから撤退したのに乗じて、バグダッド西方の要衝である主要都市を支配下に置いたのをはじめとして、占拠地域を拡げつつある。
「イスラム国」の正式名称は、「イラクとアッシャームのイスラム国」というが、頭文字をとって、ISISと略されて呼ばれている。「アッシャーム」はシリア地方を指しているが、シリアとレバノンを合わせた、歴史的な呼称であるレバント地方をも意味している。
スンニー過激派のISISは、シーア派のイラクと、シリアのアサド政権の大敵である。オバマ政権はISISを叩き潰そうとしているが、そうなると、アメリカにとって、イランとシリアのアサド政権は、友となるのだろうか。アメリカにとって、敵と友が混乱するようになっている。
ISISが、癌細胞のようにひろがっている。それにしても、日本人にはスンニー派とシーア派が同じイスラム教であるのに、どうして宗派が違うからといって、殺しあっているのか、なかなか理解することができない。
日本語には明治に入って、列強によってキリスト教の布教を認めることを強いられるまで、「宗教」という言葉も、概念も、存在しなかった。
それまで日本では、さまざまな宗派が互いに尊重しあって、共存していたから、「宗旨」「宗門」「宗派」という言葉しかなかった。
他宗を認めないキリスト教が入ってきたために、「宗教」という新しい言葉を、造らなければならなかった。「宗教」も明治訳語とか、明治翻訳語と呼ばれるものである。
日本人は、いまでも宗教音痴なのだ。キリスト教は十七世紀まで、カトリック旧教徒と新教徒に分かれて、長期間にわたって宗教戦争を戦うことによって、ヨーロッパを荒廃させた。
イスラム教は、ユダヤ・キリスト教の流れを汲んでいるが、キリスト教よりも600年もあとに生れたから、立教からまだ1400年ほどしかたっていない、若い宗教である。
キリスト教もついこのあいたまで、宗教戦争を戦い、異端裁判を行なっていたのだ。キリスト教も、千四百歳であったころは、凄惨な宗派戦争を、戦っていた。
アメリカはいつまで超大国でいられるか 第4章アメリカが目茶目茶にした中東の10年
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