トップページ ≫ コラム ≫ 埼玉の余話 ≫ 山口敏夫さんの失楽園
コラム …埼玉の余話
都知事選に出馬した元労働大臣山口敏夫さんは見事に落馬した。しかも21名中、半分にもいかなかった。おそらく山口さんには落馬の痛みもなかったにちがいない。もう痛みはとっくの昔にマヒしてしまっているからだ。マック赤坂さんは「どうだい、俺は労働大臣までやっつけたぜ」とほくそえんでいるだろう。きっと。
山口さんぐらい華々しい過去をもった人はそうはいまい。26歳で代議士に当選して以来、10回当選。うち8回はすべてトップ当選。つねに時代の脚光を浴びつづけてきた。自民党の金権体質にさよならをして、新自由クラブを結成。26名の代議士を誕生させた。あの頃は得意の絶頂だったろう。しかも労働大臣にまでのぼりつめたのだから。しかし、10年もたつと山口さんの運は傾いた。自民党に復党したがあの小沢一郎氏とくんで新生党、新進党とわたり歩き、1944年、壁の中に落ちた。まだ53才。男だったらまだこれからだったが、1年ちょっとで出所したがこの希代の役者は姿を消した。どれだけ苦渋をかみしめる日々を送ったかはかりしれない。山口さんは失礼ながら失楽の人となった。失楽とは渡辺淳一さんの世界ではない。ミルトンの失楽だ。人生の楽園を失ってしまったということだ。75才のこの失楽の人に再び陽光はふりそそぐのだろうか。人生100年。何らかの再起を祈るしかない。
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