トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 神への献げ物にみる各宗教の違い
外交評論家 加瀬英明 論集
宗教や信仰は、世界のそれぞれの地域の文化が、生んだものである。
神道は、日本のものだ。ユダヤ・キリスト・イスラム教は、中東で発祥した。宗教は、人々が神を自分たちのありかたになぞらえて、つくったと考えてよかろう。
神への供え物をとれば、ユダヤ教の唯一の聖典である『旧約聖書』には、主なる神が幕屋に降りてきて、「イスラエルの人々に告げてこう言いなさい」(「レビ記」1-2)、「牛を焼き尽くす献げ物とする場合には、無傷の牛をささげる」(同1-3)「主の御前で屠(ほふ)ると(略)その全部を祭壇で燃やして煙にする。これが焼き尽くす献げ物」(同1-5~9)「焼き尽くす献げ物として若い雄牛一頭、雄羊一匹、一歳の雄の小羊一匹」(「民数記」7-15)といったように、細かい規定がしばしば出てくる。
神前で、羊や山羊、牛や鳩を生け贄として屠って焼くことから、供犠(きょうぎ)と呼ばれる。主なる神は、「燃やして主にささげる宥(なだ)めの香り」(「レビ記」1-9)を嗅いで、喜ぶのだ。
イスラム教では、駱駝(らくだ)も供物にする。『コーラン』は、アラーに「大きな駱駝」を屠って捧げることを、命じている。今日でも、駱駝は食肉として、用いられている。
イスラム教にとって、もっとも神聖だとされているメッカのカーバ神殿でも、羊を屠って、供犠として捧げられる。全世界から集まったイスラムの巡礼者のために、大量の羊が売られて、屠られている。
中国では、今日でも先祖崇拝がさかんに行なわれているが、墓前に豚の頭部を供える。豚肉は、中国人の大好物だ。
神道では、神前に供える供物を、神饌(しんせん)、神供(じんく)、御供(ごく)、供物というが、稲、米、酒、魚介類、野菜、ノシアワビ、スルメ、昆布、塩、水などが、ふつうである。
地方によって、ごく一部の神社で、地元において肉食が行なわれたことから、鳥獣の肉を供えるところもあるが、これは例外である。
神饌は神事(しんじ)が終わって、神前から下げられると、人々が供物と神酒をあわせていただく直会(なおらい)が行なわれる。神人共食である。
家庭でも、新年をはじめ、めでたい吉例の時に供えられた鏡餅を、おろしてから砕いて家族で食べる。鏡餅も、神が降りてこられて、乗り移る依代(よりしろ)である。
供物は、それぞれの神を創りだした人々にとっての好物を、供えるものだ。
もし、ユダヤ教やイスラム教の神に神道の神饌を供えたら、こりゃ何じゃ、といって、そっぽを向くことになろう。
ユダヤ教徒には、食物についての厳しいこだわりがあって、戒律として、豚はもちろん、エビ、蛸、イカ、アワビなど、多くの動物、魚介類が、不浄であるとされており、食べてはならない。
イスラム教も、豚をはじめ、食物について多くの禁忌(タブー)がある。もっとも、イスラム教では、モスクで供え物をすることがない。
ましてや、イスラム教は飲酒を固く禁じている。イスラムの神に、酒を供えてはなるまい。
私は並みの日本人として酒を好むから嬉しいことだが、日本では神饌に酒を欠かしてはならない。米のつぎに神酒が大事である。御神酒(おみき)という言葉は、日本に独特なものだ。
日本では、飲酒は今日でも神事である。「ちょっと、御神酒をいきましょうか」といって誘って、飲み屋や、縄暖簾(なわのれん)で、酒を酌み交わす。
盃(さかずき)を口に運んで、神の御相伴(ごしょうばん)をつとめる。神だけではない。酔うほどに、互いに自分を相手に預け合って、一体となる儀式が行なわれる。
人々が一つの甕(かめ)から酒をわけて、相嘗(あいなめ)することによって、心が高揚することを通じて、一体感が醸される。
三世紀の、中国最古の日本古代に関する記録である『魏志倭人伝』は、倭人について、「性酒を嗜む」と、書いている。
日本人は古代から、酒を人一倍好んだのだ。
宗教は本来であれば、同じ神や神々が、はじめから世界にひろく偏在(へんざい)しているべきであるはずなのに、なぜなのか、そうなっていない。
イスラム教の聖書である『コーラン』は、天国を「潺々(せんせん)と河水流れる緑園」(二ー23)と、描写している(「潺」は水がさらさらと流れているという意味)。
イスラム教の出自は、アラビア半島である。私たちは、水が豊かな国土に恵まれているが、砂漠の民はつねに渇いて、水を求める。水に強く憧れているのだ。
イスラム宗教法を、「シャリアー」という。「水に至る道」という意味である。水が涌くオアシスまで導いている道こそが、正しいのだ。
ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたのか 二章 鯨を供養する日本人の心性
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