釣り人は黙って水面を見ている

魚は人の気配があるうちは近づかない

山野で野鳥を鑑賞する人達は会話を控える

人の気配を消す

やがてレンズの中に鮮やかな姿を現す鳥達がいる

草むらの虫たちは足音で声を中断するが

静かにしているとまた鳴き出す

昔、人が山に入るときには幾つかの掟があった

山の生き物達の名を気安く口にしないこと

それを聞くと山の守り神は気分を害し

黒い霧を起こし時には雪崩を起こした

それでマタギは「クマ」を「イタズ」と隠語を使った

人の気配があると姿を現さないものがいる

半獣神やフェアリーは人の気配が消えると異次元から現れる

蝶やトンボが人を恐れないのは

人の霊が時折化身しているからだと思う

自分が無くならないうちに

この世界のものを何でも見ておきたいと

国内だけでなく海外各地を旅する人達がいる

私は国内も海外もあまり知らないが

誰でも見えるものにはあまり関心は無い

いつか私は人が見えないものを見たい

聞こえないものを聞きたい　と思うようになった

花の中から飛び出した一匹の蜂が告げた

人を越える者に出逢うには旅立つこともない

そこで待っていればいいのだ

やがて木の枝に腰かけ手を振っている人が現れる

花影に人が現れ私を見ている

大畑　ヨシオ