社会
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この欄を含め、原稿を書くことは少なくないが、そこで神経を遣うのは話の展開とか言葉選びであって、ほとんど無意識に打っているのが句読点だ。その句読点を強く意識したのは明治の大作家、樋口一葉の作品を読んだ時だ。テン(読点)はけっこう多いのだが、マル(句点)が極端に少ない。文庫本で3~4ページもマルなしで文章が続く。文章が短く改行も多い近年の小説になじんできたせいか、一葉の代表作「にごりえ」や「たけくらべ」は取っ付きにくかった。文章に独得のリズムがあり、テンで話が切れる箇所があるのがわかったのは途中からだった。
東海大学出版部が出している月刊誌「望星」では半年前に「日々是、句読点。」という特集を組み、ふだんあまり注目されることのないテーマに正面から取り組んでいた。国立国語研究所の石黒圭教授によれば、今はマルが問題になることは少ないという。せいぜい、カギカッコで文章が終わる場合に、マルをカギカッコの中に入れるか外に入れるかぐらいで、これも人によってさまざまで、特に正解は定まっていない。「~でした」か「~でした。」か「~でした」。かというようなケースだ。
テンの打ち方では「聴覚派」と「視覚派」に分かれるそうだ。聴覚派は、音読して息継ぎをする部分にテンを打つ。視覚派は、文章の長さや漢字とかなのバランスを考えながらテンを打ち、今ではこちらのほうが多いという。そして、1つの文の中に述語が2つ以上ある複文、「酒を飲みすぎたので、頭痛がする」のように従属節の後にテンが打たれる。統計的には「~するし」の後が一番多い。次が「~するが」「~するけれども」の後だ。また、理由を示す「~から」「~ので」の後も多く、割合は5割前後。
子ども向けの本においては、句読点の打ち方を明瞭に示している。「子どものための作文の本」(ながたみかこ・著 汐文社)ではテンを打つ場所として①意味が正しく伝わる場所 例:私はタロウと先生のおべんとうを作った。(テンが「私は」の後と、「タロウと」の後とでは意味が変わる)②長い文の場合は、ことがらとことがらの間に打つ 例:ノートと本を持って、教室を出た。③主語や接続語の後 例:ぼくは、もう寝ることにした。例:つまり、こういうことだ。
ただ、この本でも、「きまりにとらわれると、打ちすぎになる場合もあります。読みやすさを第一に考えて、打っていくようにしましょう」と付記している。
前掲の樋口一葉のみならず、小説家の文章にも句読点での個性がある。句読点研究の第一人者、大類雅敏によれば、文が長いといわれる大江健三郎、倉橋由美子、円地文子は、共通して接続助詞「が」の後だけはテンを入れ、分水嶺のように文を真っ二つに分けているという。その大類が刮目したのが、芥川賞を受賞したのにポルノ作家に変身した宇能鴻一郎。主語に付く助詞の省略により、ある種のリズムをかもし出していたのだ。例:あたし、困ってしまった。(「ためいき」より)
山田 洋
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