文芸広場
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わたしにとってそれは劇薬だった。
それとは、あるノートのことだ。大学生時代に入っていた合唱サークルで、みんなで書きこんでいたノートがサークルメンバーの実家から発掘され、貸してくれた。日付を見ると、自分が大学二年生の頃のノートだ。
鉛筆書きで、それぞれが授業の空き時間などにとりとめのないことを書いている。ある者は骨折したネタをどのような理由だったかを絵入りで書いている。ある者は、合唱を始めたばかりでうまく歌えないことを、ある者は授業に関する不満を、ある者は、ある者は・・・。
今は、こういう日常ネタやらサークルネタやらをライングループでつぶやき合うのだろうが、手書き文字は読んでいてとても生々しい。書く者の感情も強く伝わってくる。自分の書き込みは少なかったのだが、自分の文字を見ながら確かにその時代を過ごしていた実感がよみがえる。
自由時間がたっぷりある学生時代。大きな悩みなどなかったし、のんびりと歌いながら過ごしていた日々。根底にはのほほんムードが漂っていた。
ノートの頃の時代、自分は20歳だった。そして、いま、20歳の息子をもつ身になった。この時間の流れやいかに。あっという間だった。頭の中で何かが、ぐわんぐわんと回り始め、胸の奥がキューンと音を立てた。出先で受け取ったノートを電車の中でむさぼるように読み、20歳の自分にタイムスリップしたまま家に到着。20歳のわたしは、20歳の息子を現実感なく遠い視線で見た。
実は、ノートにはその頃好きだったひとのきれいな文字も並んでいたことは、家族には内緒のはなし。
檀ままこ
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