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コラム …埼玉の余話
69歳のバリバリ。やり手の社長だった。その社長が急逝した。やはりガンだった。しかも最もむずかしいガンだったのでなおる見込みもなく旅立った。この人はまさに埼玉の政商だった。政商が別に悪いわけではない。しかしえげつなかった。権力者のパーティーがあると、「俺はいくらいくら集めてやったから盛況なのだ」とはばかることをしなかった。もともと地頭が良かっただけに戦略にも戦術にもたけていた。いつも権力側ににいて、地方の企業でしかないにもかかわらず、大手ゼネコンを手玉にとった。会社には設計事務所をはじめ大手がいつもひしめいていた程だ。浦和にもそんな社長がいて皆がよりそっていた。この社長は大宮。とにかく、目利きの達人だった。しかし69歳では若過ぎた。人生は努力と何よりも運が必須だ。運鈍根とは良くいったものだ。政治家も事業家も天運という宝船にのって波をこえていった者が勝ちなのだ。
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