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社会
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水道技術屋の誕生(Birth of Water Supply Man) ~海外に出て水道の原点に触れて心から水道の仕事に惚れ込む~
水道事業という井の中で、最初に配属されたのは「漏水調査課」というところでした。地中に埋められている水道管から漏れている水を漏水と言いますが、その漏水を見つける職場でした。土木工学を学んだ直後の私は、水道施設の計画・設計・建設に関わる仕事をしたかったことから、「なんで維持管理の仕事?」という思いが強くありました。しかし、今思えば、最初に携ったのが水道施設の維持管理だったからこそ、水道の仕事の本質を早く知ることができ、その本質を追求する中で水道の仕事が大好きになったのだと思います。
ちなみに、コストをかけて不純物等を取り除いて作った安全でおいしい水道水が、漏水のように、皆さんに使われることなく無駄になってしまっている水を、収入にならない水道水という意味で、「無収水」と呼んでいます。この「無収水」を管理していく仕事は、水道事業の中枢の仕事の一つであり、かなり奥の深い仕事です。その様な理由から、水道事業人生卒業後も関わり続けていきたいと私のライフワークの一つと位置付けています。
さて話を元に戻して、2年ほど水道施設の維持管理の基礎を学び、念願の一つであった水道管布設工事の設計担当へ。この設計の仕事を10年、そして、30代の中盤からは、皆様方のお家の水道管と水道局の配水管とを結ぶ給水管工事の監督・検査の仕事を2年、その後、水道事業の長期構想を策定する仕事を3年とキャリアを積み上げることができました。当初に経験した水道施設の維持管理という基礎を背景にして、設計担当として配水管を整備していく仕事を、給水管工事の監督・検査担当として水道事業現場の最先端である皆様方、お客様と直接に関わる仕事を、それらの集大成として、30代の後半には、水道の長期事業計画を策定する仕事も経験することが出来たということです。中堅どころの水道技術屋の誕生です。
一方で、20代の後半に、水道の仕事でも専門性を高めれば、JICAの事業で専門家として海外で働くこともできるということを知ります。以来、「JICAの専門家になる」ということが夢の一つとなりました。夢を実現させるため英会話学校へ。再び英語の勉強も始めました。そして、上述の中堅の水道技術屋となった30代の後半に、ラオスとの出会いがやってきます。その時は「やっと実現した!」との気持ちが強かったですが、今思うに、専門家の必要資質から言えば、10数年の経験を積んだことで、否、私の能力ではまだ早かったかもしれませんが…10数年経っていたから、それなりに海外でも仕事をすることができたのだと思います。ラオスでの主な仕事は、6か月の赴任で、ラオス全国への水道システムの開発計画策定支援でしたが、今もあまり変わらぬ当時のラオス人の水と生活は、日本の江戸時代ともいえるようなもので、まさに水道の原点に触れることができました。この経験により、国際貢献の醍醐味と共に、ますます水道の仕事に誇りを覚え、この仕事に心から惚れ込み、更に一皮むけた中堅の水道技術屋として帰国することができました。
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