社会
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元北本市長、前戸田副市長石津氏の惨敗は敗北の本質が実に明解だ。選挙はそんな甘いものではない。これが第一だ。石津氏は3年前、彼の地元北本市で敗れた。現職4期目だった。浦高、東大、甘いマスクが売りだった。敗れた後、何の反省もする間もなくまったくの異郷の地、戸田市の副市長になった。別に市長をやった人が副市長になろうが市義になろうがその人の人生の選択なのだからそれはそれはいい。しかし石津氏の戸田入りは何んとも説得力がなかった。市長の神保氏は県下でも屈指の名市長。そして5期。石津氏は次をねらっているという憶測は誰もがみていた。当然という声はほとんどなかった。遠い北本で敗れて異郷の地でしかもわずかな期間副市長をやったくらいで今度は市長?戸田市民のプライドを刺激した。後継者というのは自分が育ててきた者、あるいは共に闘いぬいてきた戦友的同士というのが重要な条件である筈だ。石津氏と神保市長の間にはそんな濃いエキスは何もなかった。だから石津氏の敗北は失礼ながら当然といわれても仕方ない。石津氏のこの大差の敗北は石津氏の出馬そのものにあったのだ。石津氏はまだまだ若い。この数年を真剣に反省し、すべてをかなぐりすて、地下三千丈から出直したらふるさと北本も抱き寄せてくれるかもしれない。石津氏の今後は険峻そのものだがやがて光をつかむことを祈りたい。
鹿島 修太
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