トップページ ≫ コラム ≫ 男の珈琲タイム ≫ 宗教と死刑雑感
コラム …男の珈琲タイム
オウムの死刑囚が全員処刑された。このニュースは世界中を走った。早速死刑は廃止すべきだという意見が出回った。処刑そのものは決してもろ手をあげられぬものだが、あれだけの惨たらしい殺人を行い、テロ行為に走った者は死刑やむなしと法相が印を押したことは正しいと思っている。但し、全員死刑にすべきだったかには若干の思いがある。要するにとんでもない宗教の教祖にそそのかされ、洗脳されてしまった当時の若者達には刑罰は死刑としても、実行までしなくてもよかったのではないかと感じるのだ。宗教は間違えをとんでもないところに人を送り込むのかものしれない。宗教そのものは、人間以上に偉大なるものを信じ、人として幸せな方向へと向かわせる大きな教えである筈なのだから、信じ、祈り、善なる方向へ導く大事なことなのだと、およそ宗教に無知な私は思っている。宮沢賢治の詩の原点も宗教にあるということを以前本で読んだことがある。「世界が平和にならなければ、自分一人の幸せはあり得ない」と賢治は書いているが、この際冷静に宗教とは?の勉強をしてみたい気持ちが高ぶっている。
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