トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 美空ひばりショーを観て感じたこと
外交評論家 加瀬英明 論集
日本では、人々や、世間に対して謙って、自己否定が行われる「私」を主張すると、和が壊れるからだ。
互いに「私」を抑えて、心情を察し合おう。相手に気をつかって、心を配る。私たちにとって、心は自分のものだけでなはく、配るものである。
私は美空ひばりのショーを、観たことがあった。〝日本一の歌の女王と″言われるだけあって、さすがに堂々としていた。
第一部は着物姿で、第二部はイブニングを着ていた。
緞帳があがると、深い、青い照明のなかに、舞台が浮かび上がる。ギターの爪弾きが始まって『悲しい酒』の前奏だと分かると、いっせいに拍手が起こる。ひばりが立っている。
ひばりがすぐに歌わずに、語りはじめる。
淋しさを忘れるために、飲んでいるのに
酒は今夜も、私を悲しくさせる
それから、歌に入る。「胸の悩み」「酔えば悲しく」「飲んで泣く」「一人ぼっち」「心の裏で泣く」「泣いて怨んで・・・・・・」。
あの時代の日本人だったら、心を揺さぶられずにいられない。
歌から歌の合間に、ひばりが自分の言葉を使って聴衆に語りかける。
時々、劇場をいっぱいに埋めた聴衆のなかから、「ひばりちゃーん」という威勢のよい声が飛ぶ。
私には、教えられるところが多かった。
ひばりが、
「これまで、私の人生を振り返ってみると、楽しかったことは、片手で数えるほども、ありませんでした。悲しく、つらいことばかりでした。悲しかったことを数えたら、きっと手がいくらあっても、足りないでしょう。
でも、ひばりは負けません。ひばりは頑張ります」
というと、聴衆はステージに立ったひばりに、完全に感情移入してしまう。いっせいに手をたたく。
ひばりは、大邸宅に住んでいることで知られていた。〝ひばり御殿″だ。
〝御殿″に住むような者が、悲しく、つらいことばかりだったとは信じにくいが、観客の前で「楽しいことばかりで、つらいことは、ありませんでした」といっては、ならないのだ。
日本は保守的な社会であり、人々が昔からのしがらみによって考え、行動する。
庶民から身を起こして、成功して、〝御殿″を構える者はわずかだから、このような成功者を、崇めるところがある。
アメリカであれば自由競争の社会であるので、一代で大邸宅に住む者がいても、そのために憧れられたり、嫌われたりすることはない。だが、日本では〝御殿″はテンションが集まるところになっている。
ひばりはショーが終わりに近づくにしたがって、テンポの速い曲を歌って、舞台を盛り上げてゆく。喝采が続く。
ひばりが、「皆さんも頑張ってください。ひばりも、一生懸命に頑張ります。」と、呼びかけると、場内がもう割れんばかりの喝采で、沸きたった。私も最後の盛り上がりには、感動した。
日本人にとっては、つらいことや、苦しいことは、もう長いあいだ、当たり前のことであってきた。耐えることが、自然の状態だった。
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ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたか 第7章 やまと言葉にみる日本文化の原点
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