社会
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新潟県の渡辺智哲(わたなべ・ちてつ)さんは、つい先日ギネス世界最高齢男性に認定され、その後間もなく天寿を全うされた。御年112歳。人世の大先輩だ。呼びかければ快く返事をしてくれそうな、頼もしい笑顔が印象的で身近に思えた。渡辺さんは明治40年の早生まれなので、明治41年生まれの私の祖母と同い年とも言える。そのせいか尚更に親しみをおぼえた。それにしても明治から令和まで、時代ごとに立ちはだかる幾多の試練を乗り越え生き続けるのは決して容易いことではない。
日本は新しい時代を迎えたばかりだ。しかし新しいのは評判の良い年号だけではない。新型肺炎(新型コロナウイルス)という試練までもが新たに忍び寄ってきた。情報が錯綜する中、マスクを始め次々と品切れ品薄が続き、消毒液もまた例外ではなかった。私の祖母は常に消毒液の香りがした。何故かというとガーゼに浸した消毒液を常備していたからだ。消毒液には非常に緊迫感があった。まるで内側の世界と外側の世界とをピシャリと分ける「結界」のような毅然とした香りを今もなおしっかりとおぼえている。
祖母は仰々しいほどの声色で「おおー、怖い」と言うのが口癖の一つだった。かつては、この怖がり方を面白おかしく感じるばかりだったが、実はしっかりと防衛策を講じる手間も惜しまない女性、それこそが祖母であった。不自由だったとはとても思えないほど手先が器用で、率先してマスク作成にも取り組むタイプだ。常に時代の流れを吸収する意欲も旺盛で、新聞の折り込みチラシをキープしながら「こういうの(チラシ)をとっておくと時代がわかるからね」と言っていた。「おおー、怖い」と孫の前でおどけて見せつつも、行動には落ち着きがあり眼差しも冷静であった。祖母は時代の流れを汲みながら、それこそ正しく恐れること、怖がることも大事なのだということを教えてくれた。
春浅き今は、ただでさえ体調を崩しやすい残酷な時期である。それでも、なんとか心身ともに無事に乗り切ることが肝要だ。ギネス最高齢男性の渡辺さんも私の祖母も、明治時代から幾度も越えてきた困難なこの季節。今現在、新型肺炎の流行という追い討ちがかかることにより、人々に思いがけないほどの負荷がかかるのは当然だ。しかし絶望することはない。かつて大正時代には、人類初のインフルエンザ、通称スペイン風邪が世界的に大流行した。にもかかわらず、人世の大先輩たちは試練を乗り越えてきた。その道は伊達なものではない。
背負えば涙が出るほどに軽い祖母だったが、その存在はとてもありがたく重い。今 、貴重な消毒液を大事に手にしながら、深く祖母を想っている。
葉桜こい
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