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外交評論家 加瀬英明 論集
このような日本的な社会を背景にしてでてくるリーダーは、当然、西洋のリーダーとは異なっている。
第一、「リーダー」にあたる日本語自体が、明治以前の日本には存在していなかった。指導者という言葉は、「リーダー」にあわせて明治訳語の一つとして造られたものだった。ということは、それまで日本には西洋でいうようなリーダーが、いなかったからであろう。
もちろん明治以前の日本にも、上に立つ者はいたが、グループのまとめ役の役割を演じていたのだった。だから日本では今日でも上に立つ者が強い個性を持っていることは珍しい。まとめ役としては、強い個性を表にだしては、かえって邪魔になるのだ。それに日本ではリーダー(と今日そう呼ばれていても)に個人としての権威が、あまりないのである。官庁(会社でも同じことだが)をとってみても、日本では権威はなかなか上から下へ縦割りに伝わらない。
たとえばアメリカであれば局長一人に、その権限内のことについて頼んだとすれば、承諾して貰えばそれで済むのに、日本ではたいていの場合、課長や、下のレベルの者にも話して合意をえておかねばならない。日本では、上の者の権威がきわめて弱いのだ。だから中堅クラスのグループが動かしていることになって、責任の所在が曖昧になってしまうことが多い。
日本人とドイツ人というと、イメージが似ているようである。日本人はしばしば規律正しいという点で、ドイツ人と似ているといわれる。しかし日本人とドイツ人が同じような意味で権威に対して弱い、あるいは上の者に服従すると考えるのは誤っている。
ドイツ人は指導者に盲従するが、日本人は上の者―たとえば社長―が下の者にあらかじめ相談せずに押しつけようとしたら、それを弱めて、骨抜きしようとすらするだろう。日本ではリーダーがそれほどの力を持っていない。何といっても個人中心の社会ではないのだ。戦前、あるいは戦争中の日本とドイツを比較すれば、ドイツを動かしていたのはトップの意志であったが、日本の場合は中堅クラスの者であったろう。これは今日でも、あまり変わっていないように思われる。
日本では上に立つ個人が力を握っているのではない。日本人が従うのは、個人ではなく、コンセンサスである。個人から発する論理ではなく、集団のなかで成立した合意が力を持っている。結局のところ上に立っている者であれ、同僚であれ、部下であれ、個人としてはさほど敬意が払われることがないのである。
日本では、コンセンサスが重要なのだ。そこで上に立つ者はいても、組織のなかで誰がリーダーであるかということが見極めにくい。上に立つ者は、かならずしもリーダーではない。官庁では中堅層の課長がたいへんな力を持っているというが、アメリカではそうではない。日本のような「和」による社会における組織は、権威主義的な西洋の組織とちがう力学によって動いている。
日本における意志決定や権威のありかたは、アメリカよりも東南アジアの稲作民族に近いのだろう。インドネシアでは物事を決める時に、全員が集まってコンセンサスをつくるために相談することを「ムシャワラ」というが、村落社会の長は「ダト(ぬし)」とか、「オラントゥア(年寄り)」と呼ばれる。日本のように世話役であり、まとめ役である。
アメリカでは政権が交替するごとに、上部の官僚がいっせいに入れ替わる。大統領によって任命される役職であるプレジデンシャル・アポイントメントの対象となるポストの数は政府全体で六千近くあるといわれるが、ふつうこのうちの三分の二ぐらいが政権とともに交替する。官僚は政務と事務とにはっきりと分かれており、前者が政治的任命によって、それぞれの椅子に座っている。各省とも、仕事の部門ごとに政治的任命のポストがあらかじめ指定されている。
アメリカでは行政の最初から最後まで、大統領の責任であると考えられている。そこでプレジデンシャル・アポイントメントによって任命された者は、大統領の人格の延長であるとみなされる。これは大統領だけではない。アメリカの上下関係はそういうものである。
ところが日本では官僚や、高級官僚も、首相の人格の延長であるとは考えられない。かえって上に立つ者は、下にいる人々の延長のようなのである。そして政策がリーダーから発するというよりは、日本のリーダーは最終的な決裁者なのである。そこで日本では、創造力の強いリーダーが上に立つことはなかなか期待できない。
個性の時代 ミーイズムのすすめ 一章「ミーイズム」のすすめ
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