トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 「危機に耐える」という美意識
外交評論家 加瀬英明 論集
そういえば、日本人の美意識のなかには、危機的な状況に耐えているところに美しさを感じるところがある。一時期大当たりしていた藤純子の俠客ものの映画シリーズでは、主人公がさまざまな侮辱や、仕打ちに耐えに耐え抜いて、彼女が最後に爆発する胸がすくような瞬間がある。その瞬間が美しいのだ。三島由紀夫が生前、カメラの前でいろいろなポーズをとって撮らせた写真集があったが、そのなかで本人がもっとも好んだのは、白い雪が一面に積る庭に、裸身に褌をきりりと締めただけで、白刃を手に立っているものだったといわれていた。厳しい寒さに耐えている姿である。あの写真のなかでは、たしか鉢巻をきつく締めていたが、鉢巻も締めつけるほど凛々しくなるものである。
日本の女性の着物もそうである。だらしなく着た着物ほど見苦しいものはない。きりっと締めて着なければならない。女性にきけば、みな着物は窮屈だというが、美しさのためには耐えなければならないのだ。世界の服のなかで、日本の着物ほど締めつけられるものは、他にはない。やはり私たちの美意識を反映しているのだろう。近くの国をみても、朝鮮のチマ・チョゴリや、中国の中国服も、このようには締めつけることがない。
それだから日本の婦人服は、高名なデザイナーがつくったものでも、どこか窮屈そうである。寸法がちょっとだけ間違っているとか、そういうことがあるわけはあるまい。やはり美しさのためには、耐えねばならないのだろう。注文主のほうも、ごく自然に着れる洋服だと喜ばないのかもしれない。そういえば、島倉さんが会った時に着ていた洋服も、どこか窮屈そうだった。
島倉さんの魅力は、いくら努力しても幸せを摑めないでいるようにみえるところにもある。もちろん、ファンの一人としては幸福になってもらいたいが、島倉さんにそういうと苦笑していた。
十二月には、私の誕生日があった。私は外国式に誕生日を祝うようなことは恥かしいのでしないが、仕事場のドアのベルが鳴ったので出ると、きれいな花束が届いた。「お誕生日おめでとうございました。先日はお目にかかれて嬉しゅう御座居ました」というカードが添えてあった。この三月には、島倉さんの誕生日があった。私はしばらく考えた後に、デパートでガーゼのハンカチを五十枚ほど求めて、綺麗にリボンをかけてもらったうえで、事務所まで届けた。というのは、対談していたあいだ中、島倉さんは膝の上でガーゼのハンカチをしっかりと握りしめていたからだった。耐えているように、うつむいてガーゼのハンカチを手にしているところはすばらしかった。その時に私は、ガーゼのハンカチが素晴しいといった。
個性の時代 ミーイズムのすすめ 二章 「演歌」にみる精神構造
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