トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ なぜ日本人は忙しい旅行を好むのか
外交評論家 加瀬英明 論集
海外へ出ると、日本人の旅行者に出会わないことはまずない。アメリカやヨーロッパ、中東、東南アジアなどの思いがけない地方の空港や、ローカル線にも日本人がいるものである。
なかでも、もっとも目立つのは日本から来た団体旅行の観光客だ。ある時、シカゴのオハラ空港で出発便を待っている間、スタンドでコーヒーを飲んでいたら、ロビーを日本人観光客のグループが一列になって、通って行った。全員、中年以上の男性で、暗い色の仕事用の背広を着ている。三、四人はいる。小さな旗を持ち、腕章を巻いた旅行会社の添乗員が先頭にたっている。
異様な光景である。スタンドにいた何人かの人々が、訝るような顔をして一団の日本人たちの列が通過していくのをながめていた。「いったいどのような人たちですか?」と、わきにいた人の善さそうなアメリカ人が私にたずねた。
アメリカ人やヨーロッパ人なら、観光旅行であれば、もっとくつろいだ服装をしているだろう。それに男だけということはない。たいてい夫人を連れている。そのうえ日本の団体観光旅行は時間的な余裕なしに、各所から各所へ勤勉に駆け巡る。新聞に載った大手旅行会社のパッケージツアーの広告をみると、「ハワイ・東京発八日間・三十三万円」でハワイにいる六日間に、ホノルルがあるオアフ島のほかに、ハワイ島、カウアイ島の三つの島を巡ることになっている。
もう一つ目にとまった「魅力のヨーロッパ、一周旅行」では十六日間、正味ヨーロッパ滞在が十四日間で、ウィーン、ローマ、マドリード、パリ、ロンドン、ジュネーブをまわったうえで、ライン川下りを試み、最後の日は午前中をグーテンベルグの生誕地であり、マインツ大聖堂がある古都として有名なマインツで過ごしてから、フランクフルトへ向かい、見物したうえで東京へ帰る飛行機に乗るというものである。広告には「見どころを残らず訪ねる周遊の旅」とうたわれている。
これは休むための旅であるよりも、スケジュールを消化するために行われる旅行のようである。案外、このような旅行には、お札を集めてまわる巡礼の形が下敷きになっているのかもしれない。とにかく江戸時代までは日本人にとって旅といったら、巡礼旅行のことだった。今でも日本人旅行客が外国の空港の免税店に群がり、競って買い物をするのは、家族や村人や町内の人々のために求めた巡礼土産の名残なのだろう。
せわしいのは、海外旅行だけかと思うと、国内の観光旅行もそうである。手元に日本交通公社からちょうど送られてきたダイレクトメールを開いたら、「早春の西九州の旅」と印刷されているリーフレットがでてきたが、四日間で帰ってくるまでに、長崎大村、グラバー邸、大浦天守堂から福岡城址まで、十九ヵ所をまわるというものである。
団体に加わらず、個人的に旅行をしていても、日本人はすぐに観光バスに乗って、同じようにせわしない旅行をする。それに私自身もこれまで何度も経験したことだが、出発前に現地の商社駐在員や大使館員に紹介してもらうと着いてからすっかりお世話になることになる。名所を案内してくれることもあるし、食事に連れていってくれる場合もある。こういった時には自分の身を相手に委ねてしまうことになる。
どうも日本人の旅行は忙しい。それにこれまでは旅行の日程が休暇であっても短いのは、日本が貧しいので長い休暇をとることができないのだと説明されてきたが、ここまで社会が経済的に豊かになっても、せわしさに変わりがないというのは、結局のところは日本人が忙しい旅を好むということなのだろう。つねに目先が変わって、関心を散らされていないとならないのである。
ハワイの島々やサイパン島へ行くと、よくヨーロッパ人や、アメリカ人の夫婦や家族連れが海岸に出るほかには何もせずに、十日から二週間も休日を楽しんでいるのに出会う。日本人だと、二、三日ならともかく、一週間にもなると、たいてい長くて耐えられなくなってしまう。私もどちらかというと、そのなかに入るのだろう。
そういえば観光バスのウグイス嬢は、日本独特のものである。
ひっきりなしに、乗客に話しかける。「右をご覧くださいませ。美しい富士の霊峰がはっきりと見えております。左には青い海がひろがっています・・・」そして歌もうたう。静けさがなく、濃密に音によって埋められていく。観光地では休みなしにスピーカーが叫ぶ。もっとも、こういったことを知るために何も観光旅行に出かける必要はない。ラジオをつけっぱなしにしたタクシーの運転手、テレビをつけはなしている家庭の主婦といったように、日常生活も騒音に満ちてしまっている。
日本人は集団型であるために、自分を何かに委ねていないといられないのだろう。
個性の時代 ミーイズムのすすめ 三章 「喧騒」からの脱却
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