トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 家は本来ステータス・シンボル
外交評論家 加瀬英明 論集
アメリカやヨーロッパでは人々はいうまでもなく、もう長い間、アパートで生活している。パリやロンドンへ行くと、19世紀ごろに建てられた、美しいアパートがある。それに庶民のアパートも長い間の生活によって形作られており、ちょうど日本人の古い家のように、自然である。
もっともこのごろのマンションの造りについて書く前に、今日の日本人にとって、家とはいったい何だろうかという問題を考えてみなければなるまい。今日の日本人にとっては、家は楽屋裏でしかない。表舞台にはならないのだ。たしかにこの十数年ほどは〝マイ・ホーム主義〟が現れて、家の地位が高くなったようにみえる。しかし日本でも明治ごろまでは、家が表舞台であった。田舎では、つい最近までは祝い事をはじめとして、客を家に招いて、もてなしたものである。都会でも、田舎でも、どの家でもこういった機会のために客用の漆の食器を持っていたものだった。
客が家にくるということになれば、家は今日のように外で働く夫がただ寝に帰り、家族が内輪に生活するだけの場ではなく、時には外部の世界が入ってきたので、公の部分があった。こういった家に住んでいれば、主婦は、いってみれば料亭の女将のようにしっかりとしている必要があっただろう。ところが今日では家族の内輪の生活の場でしかなくなった結果、家は恥ずかしい場所となってしまっている。
それに昔の家は大切にしなければならなかった。私は叔父の家を覚えている。古い家だった。主婦が廊下を磨いていても、無意識のうちに一つの文化の形を後世に伝える仕事をしていたのだ。ところが今日のマンションや建売住宅では、このようなことはしたくても、するべき対象がない。アルミサッシの窓では、木枠の窓とちがって、窓を拭くのにも張り合いがないということになる。
今日の日本人のほとんどの者にとって、家はステータス・シンボルとはならない。家が小さいからということもあろうが、意識のなかで家が低い地位を与えられてしまっているせいがあるだろう。
今日の日本人にとってステータス・シンボルといえば、身につけるものである。宗教的な意味もあるのかもしれないが、日本では歴史的にいって、衣食住のなかで衣の地位がもっとも高いものであっただろう。日本文化のなかで絢爛豪華なのは、衣である。だから男女ともに衣に身分相応なまで金をかけているのかもしれない。
といっても、家もやはりステータス・シンボルでありうる。私が見たマンションでも、入り口にいかにも金がかかったような扉がついたものがあったし、建物の外装も見た目が良いように造られている。ところがこれは外面的なことで、内部のことではない。西洋人にとって家が誇れるという時には、家の内部のことである。
日本では住居が楽屋裏になってしまってから、家のなかは乱雑になってしまった。それにつれて主婦が怠惰になった。よくても黒子のような存在に堕ちてしまっている。
そのうえ、いったい何のために家があるのか、よくわからなくなってしまっている。マンションでも、建売住宅でも、四人家族を標準としていることから、四、五部屋が基準となっている。たしかに子供のために一つずつ個室がある。しかし、どうして子供を二人しかつくらないかといえば、二人だけのほうが、金がたまるという親のエゴイズムからくるのだ。本来は子沢山になったら、親子で貧しい生活をしてもよさそうなものである。
分譲マンションや、建売住宅が経済効率よく造られているだけでなく、なかに住もうとする人々も同じような生活をしようとしているのだ。それに便利に住めると思って、マンションを買って入っても、しばらくすると索漠とした生活をしていることに気がつく。それに第一、マンションには心を動かすようなものが一つもない。
こういった人々は郊外に建売住宅を買って、自己満足にひたったとしても、そこまでで行き止まりになってしまう。せいぜい〝マイ・ホーム〟を買ったという虚栄心を満たすぐらいのことだろう。〝マイ・ホーム主義〟だといってみても、夫は終電で疲れはてて帰ってきて、翌朝六時半には起きなければならない。妻と子供は、家に取り残されることになる。そのうえ日本では家族は社会と敵対するような存在であるから、隣近所の人々と生活を共有しようというような楽しみがない。家族は孤立しているものなのだ。社会風土が閉鎖的なのである。
そこで外国人―といっても西洋人だろうが―を真似て、洋風の建売住宅かマンションに住んでみても、生活の実態はまったく違ったものとなってしまう。〝マイ・ホーム〟とか、ハウスとか、マンションというように名前だけは洋風になっているが、洋風でも日本的でもない、中途半端な生活を送ることになってしまう。
個性の時代 ミーイズムのすすめ 7章「家庭」のなかの個人
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