トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 〝母害〟の餌食となった子供たち
外交評論家 加瀬英明 論集
このところ教育論がさかんである。私もつられて読んでいるが、どうも今日の日本の教育制度は、世界に類のないほど歪んだものであって、最近は危機感さえおぼえている。
このまま放っておくと、四十年、五十年後の日本人は、いったいどうなってしまうのだろうか。受験塾が全国で五万以上あるという発表があったが、こうなるともう国家的な制度の一部である。そして子供たちに厖大な、まったく無駄な時間を費やすことを強いている。今の受験戦争は、競争して勝つようなことしか念頭にない人間をつくってしまう。机にかじりついて、つまらない問題をいじくりまわし、心も体もなえた青年ができている。
私はただ、受験戦争という言葉をきいているだけでは駄目だと思って、ためしにある中学校の入試問題をもらってきて、やってみたが、もしアインシュタインや、ニュートンの霊を味方として呼びだすことができたとしても、このような変てこな出題には、とうてい歯が立たないのではないか、ということに気がついた。菅原道真も、新しい漢字や、文章の段落づけなどでは、落ちてしまうかもしれない。受験のために考えられた、ひねったクイズのようなものである。このようなクイズだけに強い、秀才ばかりの国をつくろうというのだろうか。
秀才は周囲が秀才ばかりの集団に入ると、自信を失って、ノイローゼになると聞く。それなのに、日本の受験戦争などは世界的な視野からみれば草競馬にもならないだろう。モグラの地下競争のようなものである。これに勝ったから、世界の知的な競争に参加できるというどころか、かえって遅れるのではないか。
最近、個人タクシーに乗った時に、年老いた運転手と世間話をしたところ、「息子が慶大と早稲田をでた」といった。律儀そうなおやじだった。タクシー仲間の一人の末の息子は、東工大に入ったそうである。自分の息子たちは盆暮れには小遣いをくれるといって、メーターの横に二人の息子がうつったカラー写真を飾っていた。「やはりいい学校を出ませんとねえ」と、運転手は自分にいいきかせるように呟いた。
もちろん、私はタクシーの運転手が大学へ行ってはならないというつもりは、まったくない。職業に貴賤はない。しかし、誰でもいわゆる〝一流〟大学に入ろうとする風潮は、どういうものだろうか。試験の点や、出身校が、人間のすべてではないはずである。昔は江戸城の後宮入りすることが出世の道だったとすれば、現代では入学試験が栄華への道なのだろうか。
国家も宗教も、神聖でなくなってしまった国で、「合格」という言葉だけは神聖なのである。
もっとも私が乗り合わせたタクシーの運転手の場合は、親がしっかりしているようなので、たぶん息子たちもきちんとしているように思えたが、問題はそれより上の、中産階級の家庭の精神的な荒廃である。父親はモーレツ社員で、子供のことなどかまっていられない。それに構いたくても、妻が子供を独占してしまっているので、口出しができないような家も多いだろう。
子供にとって不幸なことは、最近はスマートな核家族が増えたために、兄弟が少なくなってしまって、うるさい母親の関心を、一身に浴びてしまうことだろう。私は〝教育ママ〟たちをみていると、今に日本は公害よりも「母害」によって亡ぼされるのではないかと心配している。家事が楽になった分だけ、必要以上に子供をつっつきまわして、独創性を殺しているらしい。
元来、日本文化での母親像が強大で、母の名においては、すべてが許される。我儘や身勝手な行動さえ母の愛情のもとに行われれば、美化されることが多い。そして現代の日本の母親たちは、この伝統的な〝フリーパス〟を乱用しているとしか見えない。子供を受験勉強に駆り立てる。そこで塾、教材が氾濫する。夫から家まで権威を失ってしまったので、何とかこのあたりに権威をみいださねばならないのだろうか。
男の子にとっては、母親からの自立ということは、非常に大切である。未開人社会でさえ、昔、日本にあった元服のような儀式があって、息子は母を離れて、社会の一員となるのだが、今の日本には、そういうけじめがない。大学の入試試験場から会社の就職試験にまで、母親がついてくることになる。
そして、こういう息子は結婚しても、うまくゆかない。嫁姑の争いに巻き込まれてオロオロしたあげく、妻を含めて女性に対して、男として正しい指導的な態度をとることができないので、家庭から逃れて、彼の息子がまた「母害」の餌食となる。
教育とは知識のつめ込みばかりでなく、人間としてどう生きるかということを、無言のうちに教えることでもあるはずである。
個性の時代 ミーイズムのすすめ 8章「母親」としての女性
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