トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 家事に手を抜くのは誇りを捨てること
外交評論家 加瀬英明 論集
これはもちろん、男についてもいえることである。しかし人間社会では、男が家庭の外にあって物をつくる係となっているのに対して、女性は家庭のなかにあって人間を育て、いいかえれば人間をつくる責任を負っている。そこで教育があっても、教養がない女性のほうが、同じような男性よりも、はるかにおそろしいものである。
最近では、台所が穢いことが、女性の教育の高さを示しているものだとして、誉められる傾向がある。それよりは手紙やメモを書かせればいくらか誤字や脱字があっても、花を活けたり、料理が上手な女性のほうが、よい生活をもたらすことによって、よい社会人になる。
女性におけるアニムスの暴走は、おそろしい。それもひと握りの才女を社会に出すだけならば、まだよい。しかし、日本の全女性を才女化してしまおうとするならば、それこそ国家的危機を招きかねない。すでに才女型の〝教育ママ〟たちが受験戦争に血道をあげて、大量の〝無教養人間〟を世間に送りだしているのだ。〝教育ママ〟よりは、無教育ママのほうが意外に健全な教養を備えている。
あらゆる文化は、内容と形から成り立っている。ゲーテがあれだけの仕事ができたというのも、誰かが家事をきちんと維持していたからだったろう。人間の仕事というのは、彼個人、あるいは彼女個人(私はけっして優れた女性が、社会的に有益な仕事をするのに反対しているわけではない)のものであるよりも、一つの文化が生みだすものである。
家事を遺漏なくきりもりするというのは、大切なことである。どのような文化にとっても、そうすることがもっとも重要な形であるはずだ。もし、家事から解放されることが進歩的であると考えるのならば、進歩という言葉をはきちがえるのも、はなはだしいことになるだろう。今日、女性の学問が誤った平等観によって支配され、家事をするのが悪いとか、格好悪いと考えられているのは、不幸なことである。
日本の場合、女性が置かれている環境はとくに悪いようである。アメリカやヨーロッパであれば、家で客をもてなすことが多いので、いってもれば料亭の女将のように家のなかを整頓し、緊張していなければならない。もっとも戦前の日本であれば、田舎でも都会でも、家で客をすることが少なくなかったので、客用の漆器を揃えていたものだった。
ところが最近では、都会でも田舎でも、外食で簡便にすませてしまうようになっている。田舎へ行っても、せっかくよい家があっても、農協会館や、共済会館を利用するように変わっている。
都会は条件が悪い。2DKか、3DKと相場が決っているので、掃除をするとか、家具調度品を磨くといっても、先祖代々から伝わるような保存すべきものがない。何でも便利になったのはよいとして、すべてが使い捨てである。そこで一日一日という毎日まで、使い捨てとなってしまう。
そのうえ、女性が家事を大切にして、家庭を中心とした生活を送るのは遅れているという、奇妙な才女の発想がある。家が電化され、狭くなることによって機能的になったことは、このような幻想をさらにひろめるのを助けた。これに加えて家の観念がなくなって男性が戸主ではなく、いつも外にいる稼ぎ手となって、家の準構成メンバーとなってしまった。
ほとんどの女性は、たとえ家事から手を抜くことによって暇ができたとしても、それを有益に使えるほど、自らに対して厳しい生活態度をとっていない。「小人閑居して不善を為す」というが、もともと家事を疎かにするのも、女性としても誇りを捨てているのだから、ロクなことができない。
家庭は大切である。誰か一人の男が社会に役立つ、必要な仕事をする時には、毎日、家を掃除し、食事をつくってくれる女性がいるはずである。毎日、同じ家事を繰り返してくれる人がいなかったら、これまでの人類の進歩があっただろうか。だから価値ある仕事である。ゲーテがあれだけの遺産を遺してくれたのも、毎日、きれいなテーブル・クロスをかけてくれた人が、いたからだったろう。
単調な仕事は、意外に尊いものである。おろそかにしてはなるまい。私の妻は単調な仕事でも、情熱をもってできる。人間は、そういうことを必要としているのだ。私の妻は皿を洗ったり、ふとんをあげたりすることが好きだ。米を磨いだり、鍋をみがいたりする時には、充実感がある。そういうことを、うとむことがあってはなるまい。
健全な生活には、世界を狂わせないような力が宿っている。たまに乱れることがあっても、健康な生活を強めるためであってほしい。結局のところは、生命は毎日の繰り返しである。ところが、このごろ日本で家事や家庭を軽視する風潮があるのは、困ったことである。
個性の時代 ミーイズムのすすめ 8章「母親」としての女性
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