トップページ ≫ 外交評論家 加瀬英明 論集 ≫ 神道の美しさに学ぶ
外交評論家 加瀬英明 論集
神道はアニミズム(精霊信仰)である。竈にも神が棲んでいるように、物にも魂があると考えられている。そこで、あらゆる物を疎かにしてはならない。今日、豊かな先進工業社会は物に溢れているために、人間が物質主義的になってしまったことが、心配されている。しかし、鍋一つでも、鉛筆の一本でも、大切にすれば、私たちはそうすることによって、物質から解放されることができる。魂をこめて家を掃除することによって、どのような家であっても、家に神を宿らせ、私たちを物から救うことができるのだ。
神道は、キリスト教のような個人の宗教ではない。共同体の信仰であり、祖霊を祀ることが行われる。人間には個人としての自我の他に、自我を乗り越えた集団的な意識を無意識の深いところに持っているといわれる。そして、祭は集団無意識に訴え、人々を結束させる役割を果たすことになる。私は近代心理学からいっても、民族霊といったものが存在していることを疑わない。神社は民族霊を呼び起こすところであるが、それを統べているのが、皇室である。
もっとも神社は、そこにあるだけであってはならない。神社が社会のなかで、どのように機能しているかということが大切である。このごろの神道は形式的なものになってしまっている。内容はつねに形となって現われるから、形が同じほどに大切であることはいうまでもないが、といって内容が忘れられてしまうと、形骸化してしまう。
日本語のもっとも大きな特徴は、敬語である。おそらく敬語を取り除いてしまったら、日本語は美しさを失ってしまうことになるだろう。日本文化のなかにある礼儀正しさや、繊細さは、畏敬の念から発しているものなのだろう。
最近では若い人たちが祭に関心を持つようになって、Uターン現象が話題とあるようになった。御輿を担いだり、祭の太鼓を打つことが格好いいといわれるようになっている。やはり、日本人は日本的なもののなかに身を置くと、それが民謡であれ、畳であれ、安らぎを覚えるものである。そこで私たちがまともな生活を送るためには、私たちのなかに無意識のなかに深く根をおろしている日本的なものと、馴染まなければならないだろう。
私は明治神宮を訪ねて、神殿の前に一瞬額ずくと、ほっとするのだ。その神殿は世界の宗教建築のなかでも、もっとも壮麗なものである。神域がとどまるところがない、広がりを持っている。
日本のなかにある神道の伝統は素晴らしいものだ。私は神道のようなアニミズムは、これからは人間の心を強く捉えてゆくことになると思う。
個性の時代 ミーイズムのすすめ 11章 「日本の伝統」に学ぶ
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