雨の日に出現した虫。梅雨入り前どっと降った夜中に歯磨き中殺気を感じた。振り返ると体をよじった２０㎝は下らない赤黒いムカデが壁を這っていた。息を潜めて洗面所から脱出して、策を練った。

　頭のなかではミッションインポッシブルの音楽が流れている。ムカデに悟られないよう、奴の傍に置いてあるゴキジェットをサッと手にし、ターゲットを目視。部屋から出しなに、ジェットをお見舞いした。「効かない…」奴はビクともせず壁にいる。更にボリュームアップした音楽が流れ、気分はトム・クルーズだ。収納庫に業務用ジェットがあることを思いだした。居場所を確認し、グレードアップした武器を手に入れた私は、クライマックスに流れる曲をイメージして長いことジェットを噴射し続けた。のたうち回るムカデは時々、ジェットめがけて突進。上半身を持ち上げて威嚇のポーズをする。奴だって必至だ。ムキ――――っと声が聞こえてきそうなほど戦闘態勢だ。

　こちらも強気で攻め続け、とうとう奴の身体は伸びきった。兵どもが夢の跡。夏草が生えては困るので、後片付けを入念にすることになった。雑巾がけと洗濯機をまわす草木も眠る丑三つ時。

名月かりん